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Swan 表紙画像.png

Swan


作者:片摩 廣

 

登場人物

 

レイヴン:指導者

ガルム:記録者

フェンリル:挑発者

スワン:来訪者

 

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CAST


レイヴン:

ガルム:

フェンリル:

スワン:


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【第一幕、サバドの屋敷】


(山奥。街灯すらない細い山道を、一人の女が歩いている)

(やがて、木々の向こうに巨大な洋館が現れる)

(屋敷の扉を3回、ノックする)

(扉越しに声が聞こえる)

 

フェンリル:「誰?」


スワン:「・・・スワン」


フェンリル:「名前は聞いてない」


スワン:「・・・」


フェンリル:「もう一度聞く。此処へ来た理由は?」


スワン:「救われに来ました」


(小さな覗き窓が開く)


フェンリル:「合言葉は?」


スワン:「動物愛護」


フェンリル:「・・・正解」


(そう、フェンリルが呟くと、扉が開き、中に入るスワン)


フェンリル:「靴」


スワン:「え?」


フェンリル:「脱いで」


スワン:「此処で?」


フェンリル:「ここから先は、外の世界じゃないから」


(スワンは黙って靴を脱ぐ。フェンリルは、それを見ながら、笑う)


フェンリル:「偉いね」


スワン:「何がですか?」


フェンリル:「言われた通りにできるところ」


スワン:「・・・」


フェンリル:「最初に褒められると、人は安心するんだよ」


スワン:「そうなんですか?」


フェンリル:「うん。でも、今のは嘘」


スワン:「騙したんですか・・・?」


フェンリル:「ごめんね。貴方を試したかった」


レイヴン:「フェンリル」


フェンリル:「はい?」


レイヴン:「遊ばないでくださいね」


フェンリル:「はーい」


(階段の上。全身、黒装束姿のレイヴンが立っている)

(その隣には、同じ恰好をしたガルム)

(ガルムは何も言わず、手帳を見ている)

 

スワン:「・・・貴方が、レイヴン?」


レイヴン:「そうです」


スワン:「此処で、私を救ってくれるんですか?」


レイヴン:「救う?」


スワン:「・・・違うんですか?」


レイヴン:「それは、僕(私)には決められません。貴方が決めることですから」


スワン:「話が違う・・・。ここは、そういう場所なんでしょう?」


レイヴン:「ええ、その通り」


(レイヴンは階段をゆっくり下りてくる)


レイヴン:「ただし、一つだけ覚えておいてください」


スワン:「何を?」


レイヴン:「此処では、誰も貴方を救わない」


スワン:「え・・・?」


レイヴン:「貴方自身が、自分を救うんです」


スワン:「・・・それなら、どうして、此処に来た人達は、帰らないんですか?」


(スワンの言葉に顔を上げるガルム)


ガルム:「帰る?」


スワン:「ええ、そうよ」


ガルム:「記録上、帰った人はいない」


スワン:「・・・記録?」


ガルム:「名前・・・」


スワン:「え?」


ガルム:「貴方の名前を・・・」


スワン:「・・・スワン」


(ガルムは手帳に何かを書き込む)


ガルム:「違う」


スワン:「?」


ガルム:「それは名前じゃない」


スワン:「じゃあ・・・、何?」


ガルム:「番号」


スワン:「番号・・・?」


ガルム:「そう。・・・貴方は、NO.27」


スワン:「・・・番号で呼ばれるなんて、嫌よ」


ガルム:「そう・・・」


(一言、呟くと、淡々と書き続ける)


ガルム:「拒否。午後21時41分」


スワン:「何をしてるんですか?」


ガルム:「何って、記録」


スワン:「何のために?」


ガルム:「貴方が、貴方でいられるか。その記録」


スワン:「・・・」


レイヴン:「今、貴方は、怖いと思いましたね」


スワン:「ええ、少し・・・」


レイヴン:「そうですか。無理もないです。まだ、このユートピアに来たばかりなのですから。
      これからです・・・」


スワン:「何が?」


レイヴン:「まだ貴方は、自分が怖いものを理解出来ている」


スワン:「・・・」


レイヴン:「安心してください。此処で過ごせば、恐怖の感情。・・・それも、すぐに無くなりますから」


フェンリル:「ねえ、スワン」


スワン:「何?」


フェンリル:「一つだけ質問していい?」


スワン:「ええ」


フェンリル:「貴方・・・、本当に救われたい?」


スワン:「・・・・・・勿論」


フェンリル:「嘘」


スワン:「・・・」


フェンリル:「じゃあ、もう一回」


(フェンリルが笑顔を消す)


フェンリル:「貴方は、何から逃げてきたの?」


スワン:「・・・」


フェンリル:「家族?」


スワン:「・・・」


フェンリル:「恋人?」


スワン:「・・・」


フェンリル:「罪?」


スワン:「・・・」(一瞬だけ目が泳ぐ)


フェンリル:「あ・・・」


スワン:「何?」


フェンリル:「今の顔・・・。
       ねぇ、レイヴン・・・。今の見た?」


レイヴン:「ええ」


フェンリル:「やっぱり、あるんだ」


スワン:「・・・何がよ?」


フェンリル:「罪」


スワン:「・・・私は、何も・・・」


レイヴン:「まだ初日。・・・焦り過ぎですよ。フェンリル」


フェンリル:「はーーい」


スワン:「どういう意味?」


レイヴン:「お気になさらず。今夜は眠りましょう」


スワン:「話は・・・?」


レイヴン:「この続きは、明日・・・」


スワン:「明日、何があるんですか!?」


レイヴン:「そんなに怖がらないでください。・・・明日は、貴方の名前を捨てる儀式があります」


スワン:「・・・」


レイヴン:「まずは、それが第一の試練。その次には、時間を・・・」


スワン:「・・・」


スワン:「捨てなきゃいけない事ばかり。・・・じゃあ、最後には何を捨てるの?」


レイヴン:「自分です」


スワン:「え・・・」(顔から血の気が引く)


ガルム:「・・・記録」


レイヴン:「何を? ガルム」


ガルム:「今、笑った」


レイヴン:「そうですか」


フェンリル:「へえ・・・」


(三人の視線が、スワンに集まる)


スワン:「・・・何か?」


フェンリル:「いや。何でもないよ。ははっ」


(フェンリルの笑った瞬間、屋敷に、隣接された時計塔の鐘が鳴り響いた)


間


(長い廊下を歩くスワンと3人)


スワン:「・・・此処、部屋はいくつあるの?」


レイヴン:「数えていません」


スワン:「・・・」


レイヴン:「数える必要がないから」


スワン:「貴方達は、ずっと此処に住んでるの?」


レイヴン:「そうですね」


スワン:「外には、出ないの?」


レイヴン:「出ることもあります」


スワン:「じゃあ、私も出られる?」


レイヴン:「勿論」


スワン:「良かっ・・・」


レイヴン:「ただし、必要があればですが」


スワン:「え!? 必要って、どんなとき!?」


レイヴン:「それは、お教え兼ねます。その時が来たら、こちらが判断しますから御安心を」


スワン:「そう・・・」


ガルム:「廊下の角、三つ」


スワン:「え?」


ガルム:「右に二つ。左に一つ」


スワン:「何の話?」


ガルム:「貴方が、下界への門から、今まで歩いた距離」


スワン:「下界への門?」


フェンリル:「あ~、ようするに、エントランスホールからってこと」


レイヴン:「いけませんよ、ガルム。・・・スワンは、まだ今日、此処に来たばかりなんですから」


ガルム:「気を付ける・・・。・・・左に一つ」


スワン:「さっきから、私の歩いてる距離、測ってるの?」


ガルム:「その通り」


スワン:「どうして?」


ガルム:「知っておきたいから」


スワン:「何を?」


ガルム:「貴方が、どれくらい歩く人なのか」


スワン:「・・・」


ガルム:「歩く速度。歩幅。立ち止まる回数。振り返る回数」


スワン:「そんなことまで・・・」


ガルム:「全部、記録する」


レイヴン:「気にしなくていいですよ」


スワン:「でも・・・」


レイヴン:「ガルムは、人を見るのが好きなんです」


ガルム:「人じゃない」


スワン:「え?」


ガルム:「記録をするのが好きなだけ。・・・だから、間違えないで」


レイヴン:「失言でしたね。謝ります」


間


レイヴン:「さぁ、着きました。此処が貴方の部屋です」


(扉を開く)


スワン:(M)「白い壁。変哲もない天井。木のベッドが一つ。その横には鏡台。椅子が一脚・・・」


スワン:「・・・これが、私の部屋?」


レイヴン:「ええ。そうです」


スワン:「・・・荷物は?」


レイヴン:「必要であれば、その都度、用意します」


スワン:「服とかは?」


レイヴン:「明日の朝、届く予定です」


スワン:「鞄は?」


レイヴン:「此処では、必要ありません。ですので預かります」


スワン:「携帯電話は?」


レイヴン:「預かります」


スワン:「ちゃんと、返してくれる?」


レイヴン:「勿論です。・・・その時、必要になったらですが」


スワン:「必要って・・・」


レイヴン:「貴方には、これから必要なものが減っていきます」


スワン:「・・・」


フェンリル:「あ~、未練は捨てなくちゃね。ほら、その鞄を渡して」


スワン:「・・・分かった。・・・これで良い?」


フェンリル:「素直でよろしい」


ガルム:「そのネックレスも預かる」


スワン:「これは自分で持っていちゃ駄目?」


ガルム:「駄目。大人しく渡して」


スワン:「どうして?」


ガルム:「私物だから」


スワン:「私物だから?」


ガルム:「此処では、私物を持つ必要がない」


スワン:「分かった・・・。私の負けよ・・・」


スワン:「・・・これ」


レイヴン:「どうしました?」


スワン:「窓だけど・・・」


レイヴン:「ええ」


スワン:「板が打ち付けてある」


レイヴン:「そうですね」


スワン:「外が見えない」


レイヴン:「見えないようにしていますから」


スワン:「・・・開けられないの?」


レイヴン:「おかしな質問ですね。開ける必要がありますか?」


スワン:「外の空気を吸いたい時とか」


レイヴン:「この部屋にも空気はあります」


スワン:「そういう意味じゃない」


レイヴン:「分かっています」


スワン:「じゃあ・・・!」


レイヴン:「開きません」


スワン:「・・・」


スワン:「此処から、出られないの・・・?」


レイヴン:「いいえ、部屋の扉があります」


スワン:「でも、外には?」


レイヴン:「館の中なら、自由に歩いていただいて構いません」


スワン:「館の外は?」


レイヴン:「許可が必要です」


スワン:「・・・」


レイヴン:「気に入りましたか?」


スワン:「気に入る? この部屋は、殺風景。・・・何もない」


レイヴン:「必要ありませんから」


スワン:「ベッドと鏡と椅子しかない」


レイヴン:「十分でしょう」


スワン:「・・・どうして?」


レイヴン:「人は、物があるほど過去を思い出します」


スワン:「過去?」


レイヴン:「そうですね、例えば、写真。服。手紙。携帯電話。時計・・・。
      どれも、あなたが、以前の貴方だった証拠です」


スワン:「証拠・・・」


レイヴン:「だから、俗世の物は置きません」


スワン:「・・・じゃあ、私は何をすればいいの?」


レイヴン:「そうですね。今、貴方が行う事は眠る。それだけです」


スワン:「それだけ?」


レイヴン:「今夜は」


スワン:「明日は?」


レイヴン:「先程も申した通り、明日には、名前を捨ててもらいます」


スワン:「・・・」

 

レイヴン:「それでは、おやすみなさい、スワン」


スワン:「待って」


レイヴン:「まだ何か?」


スワン:「一つだけ、良い?」


レイヴン:「何でしょう?」


スワン:「・・・この部屋に時計は?」


レイヴン:「ありません」


スワン:「どうして?」


レイヴン:「時間を気にする必要がないからです。
      此処には、貴方を焦らす要素が無いのですから。
      俗世の者は、時間に囚われ、焦り、感情を乱し、自らを滅ぼす方ばかりです。
      だから、此処に救いを求めた以上、私達は、その縛ろうとする時間から解放致します」


スワン:「・・・今、何時?」


レイヴン:「どうやら、貴方には、私の言葉は理解出来なかったようですね。・・・知りたいですか?」


スワン:「ええ、知りたい」


レイヴン:「では、明日、教えます」


スワン:「待って、それじゃ話がちが・・・」


レイヴン:「おやすみなさい。スワン」


スワン:「・・・」

 

(部屋の扉を閉めて出て行くレイヴン)


間


(鏡台の前にある椅子に座るスワン)


スワン:「・・・スワン。」


スワン:「私は・・・、スワン・・・」


ガルム:「一回・・・」


スワン:「え!?」


ガルム:「名前を言った回数・・・。一回」


スワン:「貴方、確かガルムよね?」


ガルム:「合ってる」


スワン:「もう寝るから、扉の外で、記録するのは止めて」


ガルム:「わかった。おやすみ・・・」


スワン:「ふっ・・・、数えてるのね・・・」

 

間


【第二幕、名前を捨てる儀式】


(部屋の扉が、三回、叩かれる)


スワン:「・・・誰?」


ガルム:「起きてる? 時間だからお越しに来た」


スワン:「ん・・・、今、何時?」


ガルム:「6時」


スワン:「・・・昨日も?」


ガルム:「昨日?」


スワン:「昨日、貴方が言った時間」


ガルム:「覚えていない」


スワン:「・・・」


ガルム:「此処では、覚える必要がないから。・・・儀式に遅れちゃ駄目。早く起きて」


スワン:「分かった。今、行く」


(扉を開くと、ガルムとレイヴンとフェンリルが立ってる)


ガルム:「着替えて」


スワン:「・・・何を?」


ガルム:「ベッドの上に置いた」


(スワンが振り返る)


スワン:「・・・昨日と同じ・・・」


フェンリル:「昨日・・・?」


スワン:「ええ、そう。昨日も、この白い服に・・・。あれ・・・?」


フェンリル:「おかしな夢でも見たんじゃないの?」


スワン:「そんな・・・」


レイヴン:「悪い夢にでもうなされたのでしょう。私達が、この服を届けに来たのは、今日が初めてですよ。
      貴方は、昨日、此処に来たのですから」


スワン:「・・・そうね。・・・私は、昨日、此処に、来たんだ・・・」


ガルム:「はい」


スワン:「この服が、私の服?」


レイヴン:「はい、その通りです」


スワン:「・・・」


レイヴン:「時間がありません」


スワン:「どこへ行くの?」


レイヴン:「儀式です」


スワン:「・・・名前を捨てる?」


レイヴン:「ええ」


スワン:「本当にやるのね」


レイヴン:「そのために、貴方は、此処へ来たのでしょう?」


スワン:「ええ・・・、そうよ」


レイヴン:「では、参りましょう」


間


スワン:(M)「下に下りる階段。薄暗い明かりに照らされている階段・・・」


レイヴン:「着きました。此処です。さぁ、フェンリル。ガルム。・・・扉に手を置いて下さい。
      さぁ、いきますよ」


(レイヴンが扉に手を置き、言葉を言う)


レイヴン:「SABATO」

ガルム:「SABATO」

フェンリル:「SABATO」


(大きな扉が静かに開く)


(扉が開くと、円形の部屋が目に入る。床の中央に黒い六芒星。
 その周囲に、7本の蝋燭。中央には椅子が一脚、置いてある)


スワン:「不気味な部屋・・・」


レイヴン:「さぁ、中央に置いてある椅子に座ってください」


スワン:「・・・・・・此処?」


レイヴン:「ええ、そこに。ガルム・・・、蠟燭に明かりを」


ガルム:「分かった。・・・1本、・・・2本、・・・3本、・・・4本、・・・5本、・・・6本、・・・7本・・・。
     準備、出来た・・・」


レイヴン:「さぁ、スワン。儀式の準備は整いました。・・・これから、貴方は、一つのものを失います」


スワン:「・・・名前」


レイヴン:「ええ、そうです。覚えていて偉いですね」


スワン:「名前を失ったら・・・、私は誰になるの?」


レイヴン:「それを、これから決めます」


スワン:「・・・誰が?」


レイヴン:「決めるのは、勿論、貴方です」


スワン:「私が?」


レイヴン:「ええ」


(一枚の白い紙を取り出すレイヴン。そこには、SWANとだけ書かれている)


レイヴン:「・・・これは、貴方の名前です」


スワン:「ええ、そうよ」


レイヴン:「声に出して」


スワン:「・・・スワン」


レイヴン:「もう一度」


スワン:「スワン」


レイヴン:「もっと大きな声で」


スワン:「スワン」


レイヴン:「最後に、もう一度」


スワン:「・・・スワン」


レイヴン:「よく覚えておいてください」


スワン:「・・・」


レイヴン:「これが、貴方がその名前を呼べる最後です」


スワン:「・・・どうして?」


レイヴン:「その名前は、貴方が此処へ来る前の世界に置いていくからです」


スワン:「でも、それは私の名前よ」


レイヴン:「違います」


スワン:「・・・」


レイヴン:「貴方が生まれた時、誰かが勝手につけた」


スワン:「母が・・・」


レイヴン:「そう」


スワン:「母が私につけた」


レイヴン:「では、貴方自身が選んだものではないですね」


スワン:「そうだけど・・・」


レイヴン:「なら、それは本当に貴方の名前ですか?」


スワン:「そんなの・・・あたりま・・・」


フェンリル:「待って。答えなくていいよ」


スワン:「え?」


フェンリル:「そんな物、分からないんだから」


スワン:「・・・」


フェンリル:「そうだよね?」


スワン:「・・・分から・・ない・・・」


フェンリル:「ほら。分からないで合ってる」


フェンリル:「ふふっ・・・、じゃあ、簡単」


フェンリル:「そんな名前・・・、捨てちゃおう」


(ガルムが前へ出る。手には金属製の皿。レイヴンが紙をその上に置く)

(ガルムが、その紙に火を近付ける)


スワン:「・・・待って」


レイヴン:「どうしました?」


スワン:「本当に・・・、燃やすの?」


レイヴン:「ええ」


スワン:「本当に・・・、消える?」


レイヴン:「紙は消えます」


スワン:「・・・名前は?」


レイヴン:「恐れなくても大丈夫です。貴方の名前が書かれてる紙が燃えても、
      貴方が覚えている限り、消えません」


スワン:「・・・」


レイヴン:「だから・・・、安心して、燃えるのを見ててください」

 

(火が紙に触れる。ゆっくりと炎が広がり、SWANと書かれた文字の端が黒くなっていく)


スワン:「炎が・・・、私の名前を・・・、飲み込んでいく・・・。・・・綺麗・・・」


(炎が全てを飲み込み、紙が崩れて灰になる)


ガルム:「午前6時51分。名前、消失」(手帳に記録する)


スワン:「・・・」


レイヴン:「終わりました」


スワン:「・・・これだけ?」


レイヴン:「はい」


スワン:「何も変わってない」


レイヴン:「そう見えますか?」


スワン:「・・・私は私よ」


レイヴン:「では・・・」


(レイヴンが一歩近付く)


レイヴン:「貴方の名前は?」


スワン:「・・・。・・・スワン」


レイヴン:「違います」


スワン:「・・・」


レイヴン:「もう一度」


スワン:「・・・スワン」


レイヴン:「違います」


スワン:「・・・」


レイヴン:「貴方の名前は?」


スワン:「・・・」


レイヴン:「答えてください」


スワン:「・・・」


フェンリル:「ねえ」


スワン:「・・・何?」


フェンリル:「さっき、燃えたところ見たよね?」


スワン:「・・・ええ、見たわよ」


フェンリル:「じゃあ、もう無いはずだよ」


スワン:「え?」


フェンリル:「名前だよ。貴方の名前」


スワン:「・・・」


フェンリル:「もう、無い。・・・貴方の名前は、この世の何処を探しても、何処にも無い。・・・見つからない」


スワン:「・・・」


フェンリル:「だから、絶対に、言えない」


スワン:「ええ・・・。・・・私は・・・」


レイヴン:「はい」


スワン:「・・・」


レイヴン:「そのまま続けなさい」


スワン:「わ、私は・・・」


レイヴン:「貴方は、誰ですか?」


スワン:「・・・・・・・・・分からない」


レイヴン:「・・・それが、返答ですか?」


スワン:「ええ・・・」


フェンリル:「ふふっ」(不気味に微笑む)


ガルム:「記録する。午前7時2分。名前を回答、不可」


レイヴン:「では、次へ参りましょう」


(ガルムが別の紙を差し出す。そこには、NO.27と書かれている)

 

スワン:「・・・・・・NO.27?」


レイヴン:「今日から、貴方はそれです」


スワン:「名前じゃない」


レイヴン:「そうです」


スワン:「じゃあ、何?」


レイヴン:「存在を示す番号です」


スワン:「・・・・・・」


レイヴン:「言ってください」


スワン:「・・・・・NO.27」


レイヴン:「もう一度」


スワン:「NO.27」


レイヴン:「もう一度」


スワン:「・・・・・・NO.27」


レイヴン:「よく出来ました」


フェンリル:「歓迎するよ、NO.27」


ガルム:「記録完了」


レイヴン:「これで、貴方は、昨日までの貴方ではありません」


スワン:「・・・」


レイヴン:「おめでとうございます」


レイヴン:「貴方は、生まれ変わりました」


(七本の蝋燭が、一本ずつ消えていく)

(スワンは暗闇の中で、自分の両手を見る)


スワン:「・・・NO.27」


レイヴン:「・・・」


ガルム:「・・・」


フェンリル:「・・・」


スワン:「私は・・・、NO.27」


レイヴン:「そうです」


ガルム:「記録した」


フェンリル:「もう忘れないでね」


間

 

【第三幕、時間を捨てる儀式】


スワン:「・・・どうぞ」


(扉が開く。ガルムが入ってくる)


ガルム:「起きて」


スワン:「・・・今、何時?」


ガルム:「分かりません」


スワン:「貴方が昨日、6時って言った」


ガルム:「昨日?」


スワン:「・・・」


ガルム:「此処では、昨日という言葉も必要ないから」


スワン:「・・・じゃあ、今は?」


ガルム:「今?」


スワン:「何時?」


ガルム:「時間は必要?」


スワン:「・・・」


(ガルムはベッドの横に白い服を置く)


ガルム:「着替えて」


スワン:「また儀式?」


ガルム:「はい」


スワン:「今日は何を捨てるの?」


ガルム:「時間・・・」


スワン:「・・・」


ガルム:「支度を急いで」


スワン:「何分以内?」


ガルム:「何分?」


スワン:「・・・」


ガルム:「それが、今日の儀式。分かったなら、支度して」


間


スワン:(M)「昨日と同じ、地下への階段。昨日と同じ道のはずなのに、何か違和感を感じる」


スワン:「・・・昨日も、此処を通った?」


ガルム:「知らない」


スワン:「貴方なら記録してるでしょう?」


ガルム:「昨日という記録はないから」


スワン:「・・・」


(フェンリルが前方から歩いてくる)


フェンリル:「おはよう」


スワン:「・・・今、朝?」


フェンリル:「そうかもしれない」


スワン:「そうかもしれない?」


フェンリル:「今は、夜かもしれない」


スワン:「・・・」


フェンリル:「どっちだと思う?」


スワン:「・・・分からない」


フェンリル:「そう、それが正解」

 

(地下の儀式場。昨日と同じ円形の部屋。しかし、今日は中央にあるものが違う。床には大量の時計)

 

スワン:(M)「腕時計。置時計。懐中時計。砂時計。・・・あれは古い時計。新しい時計。
        大小様々な時計が、円を描くように並べられている」


スワン:「・・・何これ」


レイヴン:「時間です」


スワン:「・・・こんなに?」


レイヴン:「人間は、時間を信じすぎています」


(レイヴンは一つずつ、時計を拾う)


レイヴン:「例えば、起きる時間」


レイヴン:「学校へ行く時間」


レイヴン:「仕事へ行く時間」


レイヴン:「食事をする時間」


レイヴン:「眠る時間」


レイヴン:「死ぬ時間」


スワン:「・・・・・・」


レイヴン:「貴方は、時間に従って生きてきた」


スワン:「それが普通でしょう」


レイヴン:「普通?」


レイヴン:「では、質問します。・・・今、何時ですか?」


スワン:「・・・」


レイヴン:「答えてください」


スワン:「・・・分からない」


レイヴン:「なぜ?」


スワン:「時計がないから」


レイヴン:「違います」


スワン:「・・・」


レイヴン:「時計がなくても、人間は時間を感じられる」


スワン:「・・・朝なら明るい」


レイヴン:「窓は?」


スワン:「・・・」


レイヴン:「開きません」


スワン:「・・・昼なら?」


レイヴン:「照明を消します」


スワン:「・・・」


レイヴン:「夜なら?」


スワン:「・・・」


レイヴン:「分かりませんね」


(照明が消える、点くを繰り返す)


フェンリル:「朝」


フェンリル:「夜」


フェンリル:「朝」


フェンリル:「夜」


スワン:「止めて!!」


フェンリル:「どうして?」


スワン:「・・・気持ち悪い。・・・消したり、点けたり、繰り返さないで」


フェンリル:「何が?」


スワン:「分からない」


フェンリル:「時間が?」


スワン:「・・・うん」


フェンリル:「じゃあ、捨てればいい」


(ガルムが時計を一つ拾う)


ガルム:「これを持って」


スワン:「こう・・・?」


ガルム:「何時?」


スワン:「・・・10時23分」


ガルム:「正解」


スワン:「・・・」


ガルム:「今度はこっちを」


スワン:「・・・9時5分」


ガルム:「正解。・・・こっちは?」


スワン:「11時47分」


ガルム:「正解」


(ガルムは時計を回収する)


ガルム:「では、これは?」


スワン:「・・・これは・・・」


スワン:(M)「針がない。数字もない。あるのは、文字盤だけ」


スワン:「分からない」


ガルム:「なぜ?」


スワン:「時間が分からないから」


ガルム:「違う」


スワン:「・・・」


ガルム:「時間がないから」


(ガルムが時計を床に落とす。続けて、別の時計を落とす)


ガルム:「ガシャン」


フェンリル:「これも」


ガルム:「ガシャン」


フェンリル:「これもいらない」


ガルム:「ガシャン」


レイヴン:「貴方も」


スワン:「・・・私?」


レイヴン:「時間を持つことをやめる」


スワン:「どうやって?」


レイヴン:「簡単です」


(レイヴンがスワンの手首を見る)


レイヴン:「時計を持たない」


スワン:「・・・」


レイヴン:「時間を聞かない」


スワン:「・・・」


レイヴン:「朝か夜かを考えないで良いのです」


スワン:「・・・」


レイヴン:「過去を知ろうとする必要はないのです」


スワン:「・・・」


レイヴン:「未来を見なくても良いのです」


スワン:「・・・」


レイヴン:「今だけを生きれば良いのです」


スワン:「・・・」


レイヴン:「出来ますか?」


スワン:「・・・出来ます」


レイヴン:「では、始めましょう」

 

(照明が消える。完全な暗闇)

 

レイヴン:「目を閉じてください」


スワン:「・・・」


レイヴン:「貴方が眠った時間は?」


スワン:「眠った時間・・・。分からない・・・」


レイヴン:「宜しい。此処へ来て何日目ですか?」


スワン:「・・・。・・・二日?」


ガルム:「違う」


スワン:「え・・・?」


フェンリル:「本当に、二日? もしかしたら、三日かもしれないよ」


スワン:「・・・」


レイヴン:「いいえ、違います。一週間かもしれません」


スワン:「・・・」


レイヴン:「一か月かもしれない」


スワン:「・・・」


レイヴン:「それでも、貴方は困りますか?」


スワン:「・・・分からない」


レイヴン:「なら、捨てられます」


スワン:「・・・何を?」


レイヴン:「時間を」


ガルム:「カチ」


フェンリル:「カチ」


レイヴン:「カチ」


ガルム:「カチ」


レイヴン:「カチ」


フェンリル:「カチ」


スワン:「・・・時計の音?」


レイヴン:「気にしないで良いのです」


(段々と早くしていく)


フェンリル:「カチ」


レイヴン:「カチ」


ガルム:「カチ」


レイヴン:「カチ」


フェンリル:「カチ」


ガルム:「カチ」


スワン:「・・・うるさい! ・・・カチカチ、不愉快よ・・・」


フェンリル:「何時だと思う?」


スワン:「分からない」


フェンリル:「駄目だよ。ちゃんと考えて」


スワン:「嫌よ・・・」


フェンリル:「今、何時!?」


スワン:「だから、分からない!!!」


間


レイヴン:「それでいいのです」


(照明がつく。目の前に七本の蝋燭。しかし、そのうち何本が最初から点いていたのか分からない)

 

レイヴン:「時間を捨てる最後の言葉です。私の後に、復唱してください」


スワン:「・・・」


レイヴン:「私には過去がない」


スワン:「私には過去がない」


レイヴン:「私には未来がない」


スワン:「私には未来がない」


レイヴン:「私にあるのは」


スワン:「私にあるのは」


レイヴン:「今だけ」


スワン:「今だけ」


レイヴン:「もう一度、復唱してください」


スワン:「はい。私にあるのは今だけ」


レイヴン:「もう一度」


スワン:「私にあるのは今だけ」


レイヴン:「それで良いです。よく出来ましたね」


ガルム:「記録」


レイヴン:「どうぞ」


ガルム:「時間の認識、消失」


フェンリル:「じゃあ、最後の確認」


スワン:「・・・」


フェンリル:「今、何時?」


スワン:「・・・」


フェンリル:「答えて」


スワン:「・・・分からない」


フェンリル:「今日って、何月何日?」


スワン:「・・・分からない」


フェンリル:「此処へ来て、何日?」


スワン:「・・・分からない」


フェンリル:「帰るまで、あと何日?」


スワン:「・・・帰らない。帰る必要が無い」


フェンリル:「ははっ、正解」


レイヴン:「よく乗り越えましたね。・・・第二の儀式は終了です」


【最終章  動物愛護】

 

スワン:「私は誰? ・・・今、昼なの? 夜なの? 分からない・・・」

 

(ガルムは、記録帳を読み上げる)


ガルム:「観察、開始年齢20歳。言語反応、正常。恐怖反応、強。罪悪感、極めて高」


スワン:「・・・」


ガルム:「名前の剥離、成功。時間認識の剥離、成功。外部依存の遮断、成功」


スワン:「・・・」


レイヴン:「此処までの処置、お疲れ様でした」


フェンリル:「流石に、26回も続けてたら、マニュアル通りだから慣れてくるね~。
       外部の研究施設に委託して、20歳まで細胞を急成長させる。
       急成長させた後は、この屋敷に来るように、最初の刷り込みを済ませとく」


レイヴン:「この屋敷に来てからは、私達が、順番に、人間としての感情を奪っていく」


フェンリル:「最初から、奪えれたら良かったけど、普通の知能をまず与えないと、上手くコントロールが出来ないのが難点だね~」


レイヴン:「ええ・・・。ですが、この実験が成功した暁には、私達を蔑んで、こんな施設に追いやった上層部を蹴落とすことが出来ます」


フェンリル:「そうすれば、こんな全身黒装束の恰好を、毎日しないで良くなるから、楽だよね~」


ガルム:「この恰好、暑い」


レイヴン:「もう少しの辛抱ですよ。・・・フェンリル。ガルム。・・・研究は順調に進んでます」


フェンリル:「まぁ、衣装以外は、今の環境も満足してるけどね~。思う存分、人体実験が出来て楽しいし~。
       ・・・でも、まぁ、世間からしたら、悪者かな~」


レイヴン:「世の中が良くなるには、私達のような、絶対悪も必要なんです。辛抱しましょう。
      ん? ガルム、記録帳を見て、どうしました?」

 

ガルム:「NO.1・・・。此処に来るまでに、崖から転落して死亡」


フェンリル:「あれは、問題外だった~」


ガルム:「NO.5・・・。此処に向かう途中、通りかかった車に乗り込み、運転手の男と逃走」


レイヴン:「男が、私達の送った追っ手に気付き、逃げ回り続けなかったら、もっと楽に消せました」


ガルム:「NO.26・・・。刷り込みが上手くいかず反撃する」


フェンリル:「反撃する個体は初めてだから、殺すのに戸惑っちゃった。
       でも、最後まで泣き叫んで楽しませてくれて、良い研究サンプルが取れたよ~」


ガルム:「NO.27・・・。・・・幾度の培養の副作用からか、記憶の混濁」


フェンリル:「ガルム、違うよ。記録は正確にしなきゃ。そうだろう? スワン・・・?」


スワン:「いつから気付いてたの・・・」


レイヴン:「ガルムとのやり取りが可笑しいときから、怪しいと思ってましたよ」


スワン:「・・・全部、貴方達が仕組んだの?」


レイヴン:「ええ、そうです。この施設は、軍用に兵士を育てるための施設です」


スワン:「・・・え?」


レイヴン:「何を驚くことがあるのです? 培養されて生まれた兵士には、名前も、昼と夜の区別も、必要ありません。
      名前の代わりに、番号で管理すれば良いのです。
      昼と夜を認識させることなく、四肢がもげようと、最後の最後まで敵を倒す。
      そんな従順な兵士を生むために、研究をしてます」


スワン:「・・・」


レイヴン:「記憶の混濁も、バグの一部として、改善しましょう」


スワン:「・・・改善。・・・そう。・・・私も処分するのね・・・」


レイヴン:「理解が早くて助かります。それでは、さようなら」


(銃声)


ガルム:「NO.27・・・。絶命」


フェンリル:「う~ん、NO.30までには、完成させたいね~」


ガルム:「ん?」


レイヴン:「ガルム、どうしました?」


ガルム:「監視カメラに、反応ある」


フェンリル:「NO.28の到着かな~。さぁ、出迎える演技の準備しなくちゃ~」


レイヴン:「フェンリル、待ってください。たまには、私に出迎えさせてください」


フェンリル:「レイヴンから提案なんて珍しい」


レイヴン:「気分転換ですよ。・・・さぁ、行ってきますね」


フェンリル:「行ってらっしゃ~い。・・・でも、研究体達も、流石に気付いて無いか~。
       最初の合言葉・・・、動物愛護が、この研究施設、SABATOに送る為の刷り込みとはね~」

 

間


(女は、屋敷の扉を3回、ノックする)

(扉越しに声が聞こえる)

 

レイヴン:「誰ですか?」


スワン:「・・・スワン」


レイヴン:「名前は聞いてません」


スワン:「・・・」


レイヴン:「もう一度聞きます。此処へ来た理由は何でしょう?」


スワン:「救いに来ました」


(小さな覗き窓が開く)


レイヴン:「合言葉は?」


スワン:「動物愛護」


レイヴン:「・・・正解。・・・今、開けますから、お待ちください」


スワン:(M)「この扉を開けたら・・・、貴方達の最後よ・・・。
        ・・・まさか、貴方達も、私達、研究体が、記憶を共有出来てるとは、思ってないでしょうね。
        NO.1からNO.27の犠牲に誠意を込めて・・・。
        さぁ・・・、復讐の幕は切って落とされた・・・。
        お前達の眉間に、銃弾がめり込むまで・・・。3・・・、2・・・、1」


レイヴン:「・・・さぁ、中へお入りください。・・・ん?」

 

スワン:「0・・・」

 

 

終わり

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