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エメラルドの棺 表紙画像.jpg

エメラルドの棺

 

 

作者:片摩 廣

 

 

 

登場人物

 

 

 

クレオパトラ・・・クレオパトラ7世、古代エジプト最後の女王

 

 

カエサル・・・ガイウス・ユリウス・カエサル、ローマ共和政末期の軍人

 

 

レティア・・・クレオパトラの従者、幼馴染

 

 

 

比率:【1:2】

 

 

上演時間:【60分】

 

 

 

オンリーONEシナリオ2526、

 

5月、テーマにしたシナリオ

 

5月の誕生石、エメラルドをテーマにしたシナリオです

 

 

 

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CAST

 

 

クレオパトラ:

 

 

カエサル:

 

 

レティア:

 

 

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クレオパトラ:(N)「紀元前48年、アレクサンドリア。

            夜風が私の肌をなでるたびに、忘れかけた恐怖を呼び覚ます。

            我が弟、プト レマイオス十三世は、今日も私の命を狙っている・・・。

            王宮の回廊は、もはや私のものではない・・・。

            だが、私は降伏しない。

                                    このエジプトの地は、私の血であり、魂であり、誇りそのものだから・・・。

            ローマから、このエジプトに訪れた男・・・、カエサル・・・。

                                       神々も恐れるという、冷たい鉄のような意志を持った将軍。

                                       もし彼が・・・、私の手を取ってくれるなら・・・、今の運命は変わるかもしれない。

            私は、あの時、決意したのだ・・・。

            幼き頃から、共に生きて来た、従者のレティアと・・・。

            女王とは、手段を選ばぬもの。

            美しさも、知恵も、命さえも・・・、すべてはこの王冠を守るために・・・」

             

 

 

(クレオパトラの幼い頃、ナイル川のほとり)

 

 

 

クレオパトラ:「ねぇ、レティア、私、いつか国を守る女王になるんだ」

 

 

レティア:「うん。クレオなら、きっと、立派な女王様になれるよ」

 

 

クレオパトラ:「だから、貴女も側にいて。どんな時も、私を支えてくれる?」

 

 

レティア:「クレオ、私は、何があっても貴女を守る。・・・例え、貴女が世界のすべてを敵に回しても、私だけは味方だよ」

 

 

クレオパトラ:「レティア・・・。うん、約束よ!

         私・・・、必ず、立派なこの国の女王になる・・・!」

 

 

レティア:「うん! このエジプトを守ってね!」

 

 

 

(クレオパトラの首元で、やさしい光を宿したエメラルドが、ゆらりと揺れている)

 

 

 

レティア:「・・・クレオ・・・、その石、綺麗だね・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「これはね、母上からいただいたの。・・・心が迷った時は、このエメラルドを見なさいって・・・」

 

 

 

レティア:「クレオ・・・、その首飾り、少しだけ、触っても良い?」

 

 

クレオパトラ:「幾らレティアでも駄目よ・・・。

         これは・・・とても大事な物なの。触れさせたら、何かが壊れてしまう気がする・・・」

 

 

レティア:「クレオの大事な物・・・。ごめんなさい・・・。私、そうだと知らなくて・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「ねぇ、聞いて。・・・私にとって、貴女も大事なんだよ。

         ねえ、レティア・・・、私が本当に困った時には、助けに来てくれる・・・?」

 

 

 

レティア:「勿論よ! 何度でも。どんな所でも。例え、死んだとしても・・・、必ず、クレオを助けに行く!」

 

 

クレオパトラ:「ふふふ・・・! もう、レティアったら、死んだら助けに来れないじゃない・・・!」

 

 

レティア:「例え話よ! それだけ、私にとっても、クレオは大事なんだから・・・」

 

 

クレオパトラ:「レティア・・・。

         私・・・、このエメラルドみたいに・・・強く、澄んだ大人になりたいな・・・」

 

 

 

レティア:「私も、貴女を守れる強い人になりたい」

 

 

 

クレオパトラ:「私達、このエジプトを守れる強い人になろうね!」

 

 

 

レティア:「うん!」

 

 

 

 

 

(現代)

 

 

クレオパトラ:(M)「そうだ・・・。こんな所で、私は、伏せている場合では無い・・・。

          どんな時も、私は、私だ・・・。

          例え、この選択肢が、笑われる手段であったとしても・・・、私は構わない・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「この手で、運命を切り開く。・・・レティア・・・、私を見守っていて・・・」

 

 

 

 

 

 

 

カエサル:「ほう・・・、私に、エジプトより贈り物だと・・・。良かろう、その絨毯を開いて見せよ。

      ・・・これは・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「私はクレオパトラ。エジプトの正統なる女王。

         贈り物は気に入ってもらえたでしょうか?」

 

 

 

カエサル:「なるほど・・・、王たる者の風格を、既に備えているな。

       エジプトの女王、か・・・。・・・実に見事だ」

 

 

 

クレオパトラ:「私の血筋はプトレマイオスの正統。

        ・・・エジプトに生きる全ての民の為に、正義を求めて参りました・・・」

 

 

 

カエサル:「正義、か・・・。悪くない答えだ。

      ・・・正義など、力なき者の言い訳だと、私は思っていたが・・・。実に興味深い・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「ならば、力を持つ者こそ、正義を正しく用いねばなりません。

         このエジプトの為に、力をお貸しください・・・」

 

 

 

カエサル:「はっはははは!! 気に入った・・・!!

       この私を前にしても、一歩も引かず、力を貸せと申すか・・・。

       良かろう・・・。

       ならば取引しよう、女王よ。

       ・・・お前が望む正義を、私の持つ、このローマの力で叶えさせてみせる」

 

 

クレオパトラ:「はい・・・。共に、このエジプトの未来を築きましょう」

 

 

 

 

 

レティア:「・・・クレオ様・・・」

 

 

クレオパトラ:「レティア、丁度良かった。・・・宴の用意を頼む・・・」

 

 

レティア:「畏まりました・・・。・・・」

 

 

クレオパトラ:「・・・ん? まだ何か用か?」

 

 

レティア:「いいえ。・・・直ちに、宴の用意を致します・・・」

 

 

クレオパトラ:「頼んだ。・・・今に見ておるがいい・・・、兄上よ。・・・このエジプトは、私が守ってみせる・・・」

 

 

 

 

 

 

(夜明け前。エジプトの空は、かすかに赤みを帯びていた。王宮の奥、カエサルの陣営にて。)

 

 

 

クレオパトラ:「我が兄、プトレマイオス十三世は、未熟だ・・・。

         だが、周囲には老獪(ろうかい)な廷臣(ていしん)達が付いている・・・」

 

 

カエサル:「なるほど・・・。プトレマイオス十三世は、金と策略を使って、ローマ兵も買収しようとしている」

 

 

クレオパトラ:「・・・分かっている。こちらも動かねばならない。・・・民の心を、取り戻す為に・・・」

 

 

カエサル:「良かろう!! ならば、我がローマとエジプト、此処に共に剣を取る!!」

 

 

 

 

 

 

(数日後。クレオパトラとカエサルの軍勢は、王宮を包囲した。)

 

 

 

クレオパトラ:「・・・」

 

 

カエサル:「黙って俯いて、どうした? 

       心配は要らない。この地に生きる神々も、お前に味方するだろう」

 

 

クレオパトラ:「いいえ、神々に頼る気はありません。

         私は、私自身で戦います・・・!」

 

 

 

カエサル:「そうか、ならば先を進むぞ。プトレマイオス十三世の居る玉座へ!」

 

 

 

 

 

(王宮内では、プトレマイオス十三世が動揺していた。不安に駆られた家臣たちが勝手に動き、混乱は加速する)

 

 

 

クレオパトラ:「兄上、最早、逃れられません。エジプトの民は、貴方の為には戦いません!」

 

 

カエサル:「プトレマイオス十三世、大人しく投降するのだ」

 

 

クレオパトラ:「これで、エジプトは救われる・・・。レティア・・・私は、約束を守った・・・」

 

 

 

カエサル:「まだ終わりではない、クレオパトラよ。・・・これからが、本当の闘いだ」

 

 

クレオパトラ:「分かっている・・・」

 

 

 

 

 

 

レティア:(M)「クレオ様は・・・、変わった・・・。

          ガイウス・ユリウス・カエサルの協力もあって、

          再び、エジプトに平和が訪れたが・・・。

          しかし、本当にこれで、良かったのだろうか・・・。

          あの男は、どうも、信用が出来ない・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「レティアよ。此処に居たのか」

 

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

クレオパトラ:「カエサルから、これをいただいたのだ。見てみろ、美しいだろう・・・」

 

 

レティア:「銀色の蛇の指輪・・・」

 

 

 

レティア:(N)「細く、しなやかに巻かれた蛇のデザイン。

          頭には小さなエメラルドが埋め込まれ、

          まるで、星が一粒、夜を照らしているようだった・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「そんなに、見つめ続けても、この指輪はやらぬぞ・・・」

 

 

 

レティア:「私とした事が・・・。とんだ御無礼を・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「もう良い。・・・レティアは、昔からエメラルドを見ると、目を輝かせておったな。

         覚えているか? ナイル川での誓いを」

 

 

 

レティア:「忘れるわけが御座いません。あの誓いは、私とクレオ様の大事な・・・」

 

 

 

カエサル:「こんな所に居たのか。・・・ほう、その贈り物、わざわざ、従者にまで見せに来るとは・・・、余程、気に入ったのだな」

 

 

 

レティア:「従者・・・」

 

 

カエサル:「ん? 何か不満なのか?」

 

 

レティア:「いいえ・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「カエサル・・・。レティアを許してはくれないか。

         ・・・私にとって、レティアは、他の従者とは違って特別なのだ・・・」

 

 

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

 

カエサル:「余程、気に入っているのだな。良かろう。・・・私は寝室に戻る」

 

 

 

クレオパトラ:「カエサル・・・」

 

 

カエサル:「何だ?」

 

 

クレオパトラ:「贈り物をありがとう。・・・大事にする」

 

 

カエサル:「ふっ・・・、そうしてくれ」

 

 

 

レティア:(N)「カエサルに、そう告げるクレオ様は、自然に笑っていた。

          私だけが知っていたクレオ様の本当の笑顔・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「レティア、どうかしたのか?」

 

 

レティア:「いいえ、何でも御座いません」

 

 

 

クレオパトラ:「それなら良いのだが・・・」

 

 

 

レティア:(M)「あの男は・・・、クレオ様を、何処か遠くへ連れていってしまうかもしれない・・・。

             でも、私には、それを阻む力は無い・・・。

          あの時、クレオ様を守ると誓ったのに・・・。私は・・・」

 

 

 

 

(夜、クレオパトラの私室)

 

 

 

クレオパトラ:「見れば見る程・・・、美しい・・・」

 

 

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「レティアか。・・・こんな夜更けにどうした?」

 

 

 

レティア:「・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「その様子だと、・・・何か、言いたいことがあるのだな?」

 

 

レティア:「あの男を、信じてはなりません」

 

 

クレオパトラ:「何を言う!

         カエサルは、私の為に、自ら剣を取った。エジプトを取り戻すために、血を流すことも厭わなかったのだ。

         それなのに、何故、信じてはならないと申すのだ」

 

 

 

レティア:「それは・・・、クレオ様、騙されてはいけません。あの男自身の為です!」

 

 

 

クレオパトラ:「何だと?」

 

 

 

レティア:「ローマの為。ローマの栄光の為。決して、貴女を思っての行動ではない!」

 

 

クレオパトラ:「レティア・・・。

         ・・・すまない。・・・それでも私は、カエサルと共に進むと決めたのだ。この国の女王として」

 

 

レティア:「・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「勿論、レティアとの誓いは、忘れていない。

         でも・・・私は、あの頃の・・・、ただのクレオでは、もう居られないのだ・・・」

 

 

 

レティア:「クレオ様・・・。・・・分かりました。・・・夜分に失礼致しました・・・」

 

 

 

 

 

 

(冷たい夜の空気が、宮殿の回廊を満たしていた。火の消えた松明の影、レティアは静かに立っていた。)

 

 

 

レティア:(M)「カエサル・・・、あの男がいる限り、クレオ様は・・・」

 

 

カエサル:「・・・待ち伏せとは、らしくないな・・・」

 

 

レティア:「カエサル・・・」

 

 

カエサル:「その短剣で、私を殺そうと言うのか?」

 

 

レティア:「クレオ様の為に、此処で貴方様を討つ。それだけです・・・」

 

 

カエサル:「それは、クレオパトラの為か?  それとも・・・お前自身のためか?」

 

 

レティア:「・・・・・私自身の為?」

 

 

カエサル:「その通りのようだな」

 

 

レティア:「黙れ・・・!!」  (短剣を向ける)

 

 

カエサル:「刃を向ける以上、私も容赦はしない!!」

 

 

レティア:「死ねええええええ!!!」

 

 

カエサル:「悪くない。・・・剣術は何処で学んだ?」

 

 

レティア:「これから、死ぬ御前には、関係ない・・・!!」

 

 

カエサル:「だが・・・、俺を討つには・・・、千度は生まれ変わる必要がある!!」

 

 

レティア:「何を!! ・・・クレオ様を守るのは、私の役目だああああああ!!!」

 

 

クレオパトラ:「もう止めて!!!!」

 

 

レティア:「クレオ様・・・!!」

 

 

クレオパトラ:「レティア、お願い。もう・・・やめて・・・」

 

 

カエサル:「・・・クレオパトラ。・・・何故、止める。私は、この従者と剣術の稽古をしていただけだ!」

 

 

クレオパトラ:「とても、そのようには見えなかったが! ・・・そうなのか? レティア・・・」

 

 

レティア:「はい・・・、そうです・・・」

 

 

クレオパトラ:「分かった。・・・もう夜も遅い。程々にせよ・・・」

 

 

カエサル:「・・・分かっている」

 

 

 

 

レティア:「何故、私を庇った・・・?」

 

 

カエサル:「剣を振るうよりも、別の道がある・・・。それを今から、教えてやる」

 

 

レティア:「一体、何を・・・!? ・・・ん・・・!? 嫌だ!? 放せ・・・!!」  (カエサルに強引に唇を奪われる)

 

 

カエサル:「・・・私の妾になれば・・・、これから先も、クレオパトラの傍に居られる」

 

 

レティア:「誰が、お前の妾になんか・・・」

 

 

カエサル:「どうした? それで、抵抗しているつもりか?」

 

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

カエサル:「お前の瞳は、剣よりも鋭い」

 

 

レティア:「くっ・・・、な・・・なぜ、こんな事・・・!」

 

 

カエサル:「憎しみの刃も、時には愛の火に変わる。お前は、まだ知らないだけだ」

 

 

レティア:「馬鹿馬鹿しい・・・」

 

 

カエサル:「いずれ、分かる・・・」

 

 

 

 

 

レティア:(M)「昨夜のあれは、ただの侮辱だ・・・。私を屈服させるために・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「レティア・・・。少し良いか・・・?」

 

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

クレオパトラ:「・・・正直に申せ。・・・カエサルの事は嫌いか?」

 

 

レティア:「どうして、そんな事を・・・」

 

 

クレオパトラ:「質問に答えよ」

 

 

レティア:「・・・嫌い、です」

 

 

 

クレオパトラ:「そうか。・・・カエサルは、私の選んだ男だ。

         だからといって、そなたも好きになれとは強制はしない。安心するが良い」

        

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

クレオパトラ:「・・・レティア、もし、カエサルの傍に居るのが嫌なら、私の従者の役目も・・・」

 

 

レティア:「いいえ!! 私は、決して、クレオ様の傍を離れません!!

       貴女を守る役目は、私の役目です・・・!!」

 

 

クレオパトラ:「レティア・・・」

 

 

レティア:「クレオ様・・・。私は、訓練場に向かいますので、これで・・・」

 

 

クレオパトラ:「・・・レティア、そなたは、何を隠している・・・」

 

 

 

 

 

(レティアはカエサルのいる訓練場を、ふと訪れていた。理由は、自分でもわからなかった。)

 

 

 

カエサル:「ふっ・・・、来たか・・・」

 

 

レティア:「・・・ただ、様子を見に来ただけよ・・・」

 

 

カエサル:「レティア・・・」

 

 

レティア:「近寄るな・・・」

 

 

カエサル:「正直に言え。私に会いたかったのだろう?」

 

 

レティア:「ち、違う・・・!」

 

 

カエサル:「本当に、そうか?」

 

 

レティア:「そうだ」

 

 

カエサル:「なら、何故・・・、俺の手に触れた時、そんなに顔を赤らめる? 

       なぜ、俺の視線から目を逸らす?」

 

 

レティア:「違う・・・!! お前が、しつこいから・・・!!」

 

 

 

(カエサルは、壁際の彼女にぐっと顔を近付ける)

 

 

カエサル:「・・・お前、私の事が好きなんだろう?」  (傍で囁く)

 

 

レティア:「ち、違・・・っ!」

 

 

カエサル:「俺は、お前のその目が、ずっと欲しかった」

 

 

レティア:「目だと?」

 

 

カエサル:「怖がらなくていい。もう、お前はとっくに俺に堕ちている」

 

 

(レティアは唇を噛み、何も言えず、ただその言葉を受け止めるしかなかった。)

 

 

 

レティア:(N)「先程の、その言葉が、胸の奥に深く刺さっていた。

          カエサルの声は、いつまでも耳に残って離れなかった。

             瞳、吐息、触れた指先・・・。

             どれもが熱を持って、私の内側を焼き付けている・・・」

 

 

レティア:(M)「私が・・・、堕ちた・・・? そんな訳があるはず・・・。

           触れられる度・・・、怖い程、引き寄せられてしまう・・・」

 

 

 

(ふと、遠くからクレオパトラの声が聞こえた。)

 

 

 

クレオパトラ:「・・・レティア! レティアは、居らぬか・・・?」

 

 

 

レティア:(M)「裏切ってる。あの人の信頼も、誓いも・・・。

          なのに私は・・・、どうして・・・こんな気持ちに・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「此処に居たのか?」

 

 

レティア:「クレオ様・・・、何か用でしょうか?」

 

 

クレオパトラ:「最近・・・、貴女が、私を見ていない気がするの・・・。

         私の気のせいなら良いのだが・・・」

 

 

レティア:「そんな・・・、滅相も・・・」

 

 

クレオパトラ:「嘘は、要らない・・・。

         昔、貴女は、私だけを見ていた。

         なのに今・・・、その目は、別の誰かを映してる・・・」

 

 

レティア:「・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「お前が何を思おうと、何を選ぼうと・・・、止める事はしない・・・。好きにせよ・・・!」

 

 

レティア:「私は・・・」

 

 

クレオパトラ:「お前には失望した・・・。私に、嘘を付いているとは・・・」

 

 

レティア:「クレオ様・・・!」

 

 

クレオパトラ:「もう良い!! 下がれ!!!」

 

 

レティア:「・・・失礼します・・・」

 

 

 

 

(玉座の間。女王クレオパトラ。だが、その顔にあったのは、誇りでも威厳でもなく静かな喪失感だった。)

 

 

 

クレオパトラ:「・・・」

 

 

カエサル:「そう落ち込むな、クレオパトラ。裏切られるのが恐いなら、私だけを信じていれば良い」

 

 

クレオパトラ:「・・・何をしに来た?」

 

 

カエサル:「お前の顔が、余りにも寂しげだったからな。こんなに弱った顔を見せるとは思わなかった・・・」

 

 

クレオパトラ:「私だって、弱気になる事はある・・・」

 

 

カエサル:「あの従者の事か? どうして、そこまでこだわるのだ」

 

 

クレオパトラ:「幼い頃から、一緒に居る我が友人なのだ。・・・その友が、私に嘘を付いていた・・・」

 

 

カエサル:「嘘か・・・。人間なのだ・・・。一つや二つ、嘘を付いていても可笑しくないだろう」

 

 

クレオパトラ:「カエサル・・・。お前も私に、嘘を付いてるのか?」

 

 

カエサル:「あぁ、嘘を付く事もある。だが、これだけは覚えとくがいい。私のお前への愛は本当なのだと」

 

 

クレオパトラ:「カエサル・・・。嬉しいが、素直に信じれない私も居る・・・」

 

 

カエサル:「なら忠告だ。

       愛も忠誠も、信じ過ぎれば毒になる・・・」

 

 

クレオパトラ:「毒だと? ならば私は、その毒まで、飲み干してみせよう」

 

 

カエサル:「それでこそ、私の愛した女だ」

 

 

クレオパトラ:「カエサル・・・」

 

 

カエサル:「今宵のお前は、月よりも冷たく、美しい」

 

 

クレオパトラ:「夜は静かでいいわ。誰も信じなくていいから」

 

 

カエサル:「それは・・・私もか?」

 

 

クレオパトラ:「お前を信じる程、愚かじゃない」

 

 

カエサル:「だが惹かれてはいる」

 

 

クレオパトラ:「惹かれているのは、お前では?」

 

 

カエサル:「女王に、挑まれるのも悪くない。

       お前は欲しいものを得るためなら、どんな顔でも演じる女だ」

 

 

クレオパトラ:「お前も、ローマ帝国の為なら愛すら利用する男でしょう?」

 

 

カエサル:「だから、似ている」

 

 

クレオパトラ:「それ以上、近付いたら、毒を盛るわよ」

 

 

カエサル:「その毒なら・・・、甘い香りがしそうだ」

 

 

クレオパトラ:「思い上がりも、そこまでくると滑稽ね」

 

 

カエサル:「危険な女に惹かれるのは、私の悪い癖なんだ・・・」

 

 

クレオパトラ:「お前は、私を口説いているのか?  それとも、懐柔してるのか?」

 

 

カエサル:「両方だ。だが・・・本心でもある」

 

 

クレオパトラ:「もし私が、エジプトの女王ではなく・・・、ただの女だったなら?」

 

 

カエサル:「例え、戦場で出会っていても、俺は同じようにお前の唇を奪っただろう」

 

 

クレオパトラ:「・・・」

 

 

カエサル:「強欲な女に出会ったら、こちらも全力で応じなければ失礼だからな」

 

 

クレオパトラ:「なら、試してみる?」

 

 

カエサル:「何だと?」

 

 

クレオパトラ:「お前が、ローマの英雄か、ひとりの男か・・・、私が、見極めよう」

 

 

カエサル:「ふふっ・・・、その挑戦、受けて立とう・・・」

 

 

 

 

 

レティア:(M)「カエサル・・・。くっ・・・クレオ様が羨ましい・・・。

          はっ・・・!? 私は、今、何を・・・!?

          違う・・・、断じて違う・・・!

          私は、カエサルの事など・・・」

 

 

 

カエサル:「はははは・・・、クレオパトラ、何をする」

 

 

 

レティア:(M)「カエサルが、また笑ってる・・・。

          あんなに楽しそうに・・・」

          嫌・・・。・・・そんな風に笑わないで・・・。

          はっ・・・!? また私は何を・・・!?

          どうして、カエサルの事を思うと、胸が苦しくなる・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「カエサル・・・」

 

 

カエサル:「クレオパトラ・・・」

 

 

 

レティア:(M)「そんなに、お互い見つめないで・・・。

          駄目・・・、もう、耐えられない・・・!!」

 

 

 

(その場を走り去るときに、物音がする)

 

 

 

クレオパトラ:「ん? 誰だ!?」

 

 

カエサル:「どうした?」

 

 

クレオパトラ:「誰かが、私達を覗いてたようだ・・・」

 

 

カエサル:「ほう・・・」

 

 

クレオパトラ:「すまない・・・。興がそがれた。・・・今夜は、お終いにしよう」

 

 

カエサル:「残念だ。だが仕方あるまい」

 

 

 

 

 

(走りながら、さっきの二人の光景を思い出しているレティア)

 

 

 

レティア:(M)「クレオ様じゃなくて、私だったら・・・。

          ・・・私を見てくれたら、あの笑みを私に向けてくれたら・・・。

          ・・・何も、持っていない。

        忠誠しか、愛しか、捧げるものがなかったのに・・・。

        ・・・どうして?

        何故、貴方を愛してしまったの・・・?」

 

 

カエサル:「何処に行くんだ? ・・・覗き見は、趣味ではなかろう?」

 

 

レティア:「カエサル・・・」

 

 

カエサル:「クレオパトラと私のやりとりを見て、嫉妬でもしたか?」

 

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

カエサル:「クレオ様か・・・。

       お前がそう呼ぶ度に、面白い程、顔が曇るな・・・。

       ・・・隠している感情は、もう誰の目にも明らかだ。

       だが、君自身が一番、まだ認めていないだけだろう?」

 

 

レティア:「認めたら・・・、すべてが壊れてしまう・・・」

 

 

 

カエサル:「いいや、壊れるのではなく・・・、生まれ変わるのだ。

       例えば、君自身が、クレオパトラの影である事を捨てれば、

       もっと自由に、笑えるかもしれない。

       君は、美しい。

       そして、知っているはずだ・・・、自分が女である事を・・・」

 

 

レティア:「黙って・・・。貴方にそう言われると、怖くなる・・・」

 

 

カエサル:「なら、この手で、その恐れ事、奪ってやろうか?

       ・・・私の目を見ろ。

       君が誰を想っているのか、

       君の唇が誰を欲しているのか、

       君自身が一番、わかっているはずだ」

 

 

レティア:「・・・」

 

 

カエサル:「君は、私を拒まなかった。

       むしろ、心の奥で待ち望んでいた・・・違うか?

 

 

 

レティア:「・・・違う・・・、私は、クレオ様を・・・」

 

 

カエサル:「忠誠と愛は、両立出来ない事もある」

       だから選べ。

       女として生きるか、影として、朽ちるか・・・」

 

 

 

レティア:「くっ・・・」  (目を背ける)

 

      

レティア:(M)「駄目・・・。彼の眼を・・・、声を・・・、聴くと、理性が保てない・・・。

          これ以上、深入りしては駄目だ・・・。

          分かっているのに・・・、抗えない・・・」

 

 

カエサル:「目を背けるな。・・・私を見るんだ、レティア」

 

 

レティア:「あ・・・、私の名前・・・」

 

 

カエサル:「どうした? 名前を呼んだだけで、その反応・・・。

       こうしたら、どうなるんだ?」 (頬に触れる)

 

 

レティア:「私に触れるな・・・!」

 

 

カエサル:「声が上ずっているな」

 

 

レティア:「そんな事は・・・!」

 

 

レティア:(M)「何故だ・・・、カエサルが触れる度に・・・、

          こんなにも心が・・・、熱く、痛くなる・・・」

 

 

カエサル:「好い加減に素直になれ」

 

 

レティア:「・・・私は・・・っ」

 

 

カエサル:「言わなくていい。君の目が、全てを語っている」

 

 

レティア:「・・・っ。

       私は・・・、カエサル・・・、貴方が欲しい・・・」

 

 

カエサル:「やっと素直になったな。私に、どうして欲しい?」

 

 

レティア:「口付けを・・・」

 

 

カエサル:「良いだろう・・・」  (レティアに口付けをする)

 

 

レティア:「ん・・・、ん・・・」

 

 

 

 

カエサル:「・・・満足か?」

 

 

レティア:「ええ・・・。・・・うっ・・・」

 

 

カエサル:「・・・泣いているのか?」

 

 

(カエサルの声は低く、穏やかだった。カエサルの指が彼女の頬に触れ、そっと涙を拭う。)

 

 

レティア:「いいえ・・・、違う・・・」

 

 

カエサル:「・・・」

 

 

レティア:「カエサル・・・」

 

 

カエサル:「・・・何だ?」

 

 

レティア:「私に・・・、どうして欲しい・・・?」

 

 

カエサル:「それを聞くのは、私のほうではないか?」

 

 

レティア:「違う・・・。私はもう、抗えない・・・。

       だから・・・答えて欲しい。

       貴方は・・・、私に、どうして欲しい?」

 

 

カエサル:「なら・・・君は、私に何を望む?」

 

 

レティア:「・・・時間の許す限り・・・私を、抱いて欲しい

       私が、女で居られる時間が終わるまで・・・。

       貴方だけに、全部・・・、預けたい・・・」

 

 

カエサル:「・・・よく言った、レティア。

       なら、全てを預かろう。

       君が女である事も、罪悪感も、涙も・・・、全部、私が引き受けよう・・・」

 

 

レティア:「カエサル・・・」

 

 

 

レティア:(N)「・・・私が、彼に落ちた瞬間だった・・・。

          三度目の口付けは、忠誠の証として・・・。

          お互いの心音が、重なり、大きくなるのが分かる・・・。

          闇夜に溶けるように、私とカエサルは互いの熱を重ねていった・・・」

 

 

 

 

 

 

(ナイル川で一人、昨夜の事を考えているレティア)

 

 

 

レティア:(M)「冷静に・・・、平常心で・・・。昨夜の事など、無かったように・・・。

          この思いは・・・、クレオ様に知られては・・・」

 

 

クレオパトラ:「・・・レティア、此処に居たのか?」

 

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

クレオパトラ:「どうした? 考え事か?」

 

 

レティア:「・・・少し、一人になりたくて」

 

 

クレオパトラ:「そう。最近、貴女には色々と責務を任せていたものね・・・」

 

 

レティア:「・・・」

 

 

レティア:(M)「私の事を・・・、まだ信じてくれてる・・・」

 

 

クレオパトラ:「ねぇ、覚えてる? 小さい頃、よく此処で、将来を誓い合ったのを・・・」

 

 

レティア:「勿論、忘れていません・・・」

 

 

クレオパトラ:「今は、二人っきりよ。堅苦しい言葉は要らない・・・。エジプトの女王と従者ではなく、仲の良い幼馴染で良いの」

 

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

 

 

(幼少期を思い出すレティア)

 

(幼少期)

 

 

 

レティア:「ねぇ、クレオ・・・、その首飾り、また付けてるのね」

 

 

クレオパトラ:「うん。お母様がね、私の生まれた日にくださったの。

         この子が女王になる時まで、肌身離さず持っていなさいって」

 

 

レティア:「いいなぁ・・・。

       そんな特別なもの・・・、私は持ってないや・・・。

       大人になったら、私も、その首飾りが欲しいな・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「え? これは王家のものよ?  簡単にはあげられないの!」

 

 

レティア:「わかってる。でも・・・クレオがくれるって言ったら、それは王女の意思になるんでしょ?」

 

 

クレオパトラ:「・・・ふふふっ、レティアらしいわね」

 

 

(クレオパトラは笑いながら首飾りに手をやる。そして一瞬だけ、それを外してレティアの首にそっとかけた。)

 

 

クレオパトラ:「・・・貸してあげる。でも、今だけよ」

 

 

レティア:「本当に!?」

 

 

クレオパトラ:「ええ」

 

 

レティア:「嬉しい・・・。ねぇ、クレオ」

 

 

クレオパトラ:「何?」

 

 

レティア:「この首飾り。

       私がすごく立派になって・・・、クレオが、あげてもいいって思うくらいになったら、

       その時には・・・、貰っても良い?」

 

 

クレオパトラ:「ふふふ・・・、それならいいわ。

         でも、そう簡単にはあげないからね。

         本当に、女王に相応しいって思えるくらいの、レティアにならないと」

 

 

 

レティア:「うん! 絶対なる!!」

 

 

クレオパトラ:「約束よ」

 

 

レティア:「うん! ・・・ねぇ、クレオ・・・」

 

 

クレオパトラ:「ん?」

 

 

レティア:「私、クレオの隣にずっと居たいな。

       いつか大人になっても、何処にも行かないで。

       このエジプトで、一緒に大人になるの・・・。

       クレオの一番の人になりたい・・・」

 

 

クレオパトラ:「じゃあ約束ね。

         その時が来たら・・・、このエメラルドの首飾りは、貴女のものよ・・・」

 

 

 

レティア:「うん!!!」

 

 

 

(幼少期、終了)

 

 

 

(現代)

 

 

クレオパトラ:「さっきから、黙ってるけど、どうかしたの?」

 

 

レティア:「何故、人は、大人に成長するの・・・。成長すればする程・・・、複雑な感情に悩まされる・・・。

       出来る事なら、あの頃のように、ずっと子供で居れたら、気が楽なのに・・・」

 

 

クレオパトラ:「知ってる?  星々はね、人の生まれ持った性を映し出すの。

         私達は皆、星の配置の元に生まれ・・・、

         それぞれの性質と欲望を、最初から宿しているのよ」

 

 

 

レティア:「・・・性質と、欲望・・・」

 

 

クレオパトラ:「そう・・・。例えば、情熱に溺れやすい者、権力に抗えぬ者。

         誰かを守る事でしか、自分を保てない者・・・。

         星は、それを隠そうとしない。・・・むしろ、運命のように配置されているの・・・」

 

 

レティア:「・・・」

 

 

クレオパトラ:「私、貴女の星を見た事があるの。

         貴女は・・・、情と忠誠の間で、常に引き裂かれる星の下に生まれているわ・・・」

 

 

レティア:「それって・・・」

 

 

クレオパトラ:「決して悪い事じゃないの。

         ただ、知っておいて欲しいの。人は、自分の欲求からは逃れられない・・・。

         例え、それがどんなに醜く見えても、どんなに誰かを傷つけても・・・、

         その本性が、貴女を支配する・・・」

 

 

レティア:「・・・」

 

 

クレオパトラ:「レティア。

         貴女の中にある、その苦しみも、欲望も・・・、

         星々は、ずっと前から知っていたのよ」

 

 

 

レティア:「・・・っ」

 

 

クレオパトラ:「だから、もし貴女がこの先、誰かを愛し、誰かを裏切ってしまうとしても・・・、

         それは、星が導いたこと・・・。

         貴女の罪じゃない・・・。でも、貴女の選択ではあるのよ」

 

 

レティア:「・・・」

 

 

レティア:(M)「だからあの時、カエサルに、自ら手を伸ばしたのか・・・。

          そうだ・・・、拒む事も、逃げる事も、出来たはずだったのに。

          私は、逃げなかった・・・。

          むしろ、あの状況を、心の底から望んでいた・・・。

          クレオ様には言えない、もう一人の私が、そこには居た・・・。

          私は・・・、何を選んだの?

          カエサル? 裏切り? それとも、愛・・・?」

 

 

レティア:「わ、私・・・」 (声が震える)

 

 

 

クレオパトラ:「人は皆、選ばされるわ。愛か、忠義か。欲か、誇りか。

         そして、どちらを選んでも・・・、代償は残るのよ」

 

 

 

レティア:「っ!!」

 

 

レティア:(M)「・・・じゃあ、私が背負う、代償は・・・」

 

 

クレオパトラ:「どうしたの? レティア?」

 

 

レティア:「何でもないの・・・」

 

 

クレオパトラ:「少し、長話をし過ぎたようね。私は王室に戻るわ」

 

 

レティア:「私は、もう少し、此処に居ます」

 

 

クレオパトラ:「好きになさい」

 

 

長い間

 

 

(クレオパトラが去った後も、一人、長い時間、悩み続け、いつの間にか辺りは、日が沈み、闇に包まれていく)

 

 

レティア:「私は、どうしたら・・・」

 

 

カエサル:「・・・レティア、何を悔いている?」

 

 

レティア:「カエサル・・・!? ・・・こんな所まで、何をしに来たの・・・」

 

 

カエサル:「その様子だと、余程、後悔しているようだな。

       ・・・私達の関係を、クレオパトラに、見透かされたか・・・?」 (レティアの耳元で囁く)

 

 

レティア:「・・・止めて、今は・・・」

 

 

カエサル:「止めてだと? 随分と上品な台詞じゃないか・・・。

       あの夜、私の腕の中で喘いでいた時は・・・、もっと素直だったのに」

 

 

レティア:「っ・・・!」

 

 

 

カエサル:「またそうやって目を背ける。ふっ・・・、お前は分かりやすい。

       罪を感じているのか? そうかもしれんな。

       だがな、一度、罪の味を知った女は、もう戻れん」

 

 

レティア:「止めて、そんな言い方・・・。私は・・・」

 

 

カエサル:「私は? どうした、誠実な従者よ。

       言ってみろ。クレオパトラを裏切った事を・・・。

       お前は・・・もう堕ちたのだ。それを否定しても、身体は覚えている。

       あの夜を、お前の肌は忘れていない・・・」

 

 

レティア:「あの夜・・・」

 

 

カエサル:「あぁ、そうだ」

 

 

レティア:「確かに、私から貴方を求めた・・・。しかし、あの後から、罪の意識が消えない・・・。

       このままでは、もっと深い罪に溺れ・・・、やがて破滅する・・・」

 

 

カエサル:「・・・お前は、そうは言っておきながら、今夜も私を求めるんだろう?」

 

 

レティア:「違う・・・!」

 

 

カエサル:「じゃあ、何故、私の腕に、しがみつく? 

       本当は、私に触れられたくてたまらないのだろう? ・・・素直になれ」 

 

 

レティア:(M)「駄目・・・、駄目なのに・・・、カエサルの声に抗えない・・・」

 

 

レティア:「・・・っ・・・」

 

 

(自ら、カエサルの口元に、口付けをするレティア。)

 

 

カエサル:「・・・そうだ、それで良い。

       理性も、忠誠も・・・、今この瞬間には不要だ・・・」

 

 

レティア:「はい・・・」

 

 

カエサル:「よく来たな、レティア。ようやく・・・、お前がお前になった・・・」

 

 

 

 

 

(蝋燭の火が揺れ、静寂に包まれた王宮の片隅。レティアは、重く息を吐きながら、小さな瓶を手にしていた)

 

 

 

クレオパトラ:「カエサル・・・。良さぬか・・・」

 

 

カエサル:「良いだろう、私達は、結ばれる運命なのだ」

 

 

クレオパトラ:「今は、宴の席で、酒を楽しみたいのだ」

 

 

カエサル:「仕方ない。・・・誰か、居らぬか? 直ちに酒を持ってこい!」

 

 

レティア:「はい、只今・・・」

 

 

レティア:(M)「クレオ様が、お酒を求めてる。

        今が、その時だ・・・。

        ・・・こんな事は、間違ってる・・・。分かってる・・・。

        でも、これ以上、苦しむのは嫌・・・。

        このまま、こんな関係が続けば、私は・・・、壊れてしまう・・・。

        ・・・そうよ・・・、これは救いなの・・・。

        カエサルの隣に居たい・・・。

        でも、クレオ様がいる限り・・・、私は一生、影のまま・・・。

        ごめんなさい・・・、クレオ様・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「レティア・・・」

 

 

レティア:「クレオ様・・・、お酒をお持ち致しました・・・。お注ぎ致します・・・」

 

 

クレオパトラ:「どうした、レティア? そんな顔をして」

 

 

レティア:「私の顏が、何か・・・?」

 

 

クレオパトラ:「いや、すまぬ。・・・私の気のせいのようだ。続けてくれ」

 

 

レティア:「・・・。・・・どうぞ・・・」

 

 

クレオパトラ:「ほう・・・、良い酒だ。・・・早速、いただこう・・・」

 

 

(ゆっくりと杯に、注がれたお酒を口元に持っていくクレオパトラ)

 

 

レティア:「っ!! ・・・待ってください!!!」

 

 

カエサル:「ん?」

 

 

クレオパトラ:「大声をあげて、どうした?」

 

 

レティア:「・・・お願い、飲まないでください・・・!」

 

 

クレオパトラ:「どうしてだ?」

 

 

レティア:「・・・それには、猛毒が、入っています・・・!

       私が、入れました。・・・私が・・・、この手で、貴女を殺す為に・・・!!

       私は・・・、なんて愚かな事を・・・!!!」

 

 

 

クレオパトラ:「・・・やはり、そうだったのか・・・」

 

 

レティア:「クレオ様・・・、知っていて、それでも・・・、飲もうとしたのですか・・・?」

 

 

クレオパトラ:「そうだ・・・」

 

 

カエサル:「毒殺だと・・・!!! 誰か、この従者を、捉えるのだ!!!」

 

 

クレオパトラ:「カエサル!!!」

 

 

カエサル:「何だ・・・?」

 

 

クレオパトラ:「此処は、私に任せてくれぬか?」

 

 

カエサル:「しかし!」

 

 

クレオパトラ:「この通りだ・・・」

 

 

カエサル:「うっ! ・・・分かった・・・」

 

 

レティア:「私は・・・、その・・・」

 

 

クレオパトラ:「・・・玉座で待っている」

 

 

 

 

 

(レティアが重い足取りで、玉座の扉を開くと、目を閉じながら、来るのを待ってるクレオパトラが見えた)

 

 

 

レティア:「クレオ様・・・」

 

 

クレオパトラ:「来たか・・・。レティア・・・」

 

 

レティア:「私は・・・、・・・私は・・・!!」

 

 

クレオパトラ:「さぞかし、苦しかったであろう。

         私と、カエサルの間に立たされて・・・。

         そなたの心が、今にも張り裂けそうだったのは、分かっていた・・・」

 

 

レティア:「私は・・・愚か者です・・・クレオ様を裏切って・・・、苦しんで・・・、それで・・・、

       ついには、自分の罪の重さに耐えきれずに、貴女を・・・」

 

 

クレオパトラ:「・・・それでも、そなたは止めた。私を殺さなかった」

 

 

レティア:「どうか、私(わたくし)を裁いてください・・・。お願いです・・・」

 

 

クレオパトラ:「レティア・・・。

         くっ・・・。・・・。

         良かろう・・・。ならば私は、エジプトの女王として、そなたに選択を与える・・・!!」

 

 

レティア:「・・・」

 

 

クレオパトラ:「この場で、自ら命を絶つか。

         あるいは、この国を去り、二度と私の前に姿を現さぬこと!」

 

 

 

レティア:「・・・クレオ様・・・、それは・・・」

 

 

クレオパトラ:「私は、もはや、そなたを傍に置く事は出来ない・・・!

         しかし、エジプトの女王として、貴女の最後の選択に敬意を払いたいのだ」

         ・・・そなたの運命は・・・、そなた、自ら選ぶのだ・・・。

         それが、そなたの罪への答えだ!

         ・・・時間は今宵まで。月が天頂を越えるまでに、決めよ・・・」

 

 

レティア:「はい・・・」

 

 

レティア:(N)「クレオ様は、そう告げると、私の前から、静かに立ち去った・・・」

 

 

レティア:(M)「さようなら・・・、クレオ様・・・」

 

 

長い間

 

 

(用意を済まし闇夜に紛れて、エジプトを出ていくレティア。その様子を黙って見送るカエサル)

 

 

カエサル:「・・・」

 

 

クレオパトラ:「名を呼ばずとも、お前は彼女を見送るのだな」

 

 

カエサル:「・・・去る者には、何も贈らぬ主義でね。

       だが、目を背ける程、冷たくもなれない」

 

 

クレオパトラ:「レティアの心が、お前に向いていたのは分かっていた。

         それでも、私は、彼女に、エジプトの女王として裁きを与えた。

         その事を・・・お前は、どう思う?」

 

 

カエサル:「賢明な判断だ。・・・あの宴の席には、私とお前以外に、沢山の従者も居た。

       お前が、レティアの罪を、何も裁かなければ・・・、

       やがて民にも、その事は伝わっていただろう・・・」

 

 

クレオパトラ:「そうなれば、お前と、レティアの関係も、明るみになる・・・」

 

 

カエサル:「お前は、一人の従者よりも、この国を選んだ。

       ふふっ、それでこそ、私の選んだ女王だ」

 

 

クレオパトラ:「戯言を・・・。

         覚えとくが良い。私は、どんな手段を選んででも、このエジプトは守る!」

 

 

 

カエサル:「覚えておこう。・・・どうやら、去ったようだな・・・。では、私は失礼する」

 

 

クレオパオラ:「・・・さようなら・・・、我が友・・・、レティア・・・」

 

 

 

 

 

 

レティア:(N)「・・・それから私は、小さな港町の外れで、ひっそりと暮らしていた。

          名前を偽り、身分も、名誉も捨て、ただ生きるだけの日々・・・。

          しかし、夜になると、いつも、あの時の、クレオ様の声が耳に蘇る・・・」

 

 

 

(回想)

 

 

クレオパトラ:「この場で、自ら命を絶つか。

         あるいは、この国を去り、二度と私の前に姿を現さぬこと!」

 

 

(回想、終了)

 

 

 

レティア:「はっ・・・! はぁ、はぁ、はぁ~・・・」

 

 

 

レティア:「・・・ごめんなさい、クレオ様。貴女を、あんなにも傷つけて・・・。

       ・・・それでも、私は・・・、あの人を、愛してしまった・・・。

       クレオ様が居なければ、私の人生は始まらなかった・・・。

       私は・・・、クレオ様の従者である事が、誇りだった・・・」

 

 

レティア:「もし・・・またいつか会えたなら・・・。

       その時、私は・・・、何を言えば、許されるのだろうか・・・?

       いいや、そんな事・・・、不可能だ・・・。・・・クレオ様・・・」

 

 

 

 

 

(王宮のベランダで、一人、後悔しているクレオパトラ)

 

 

 

クレオパトラ:「・・・何故、もっと早く・・・、貴女を止めれなかった・・・。

         もう一度、・・・あの夜に戻れたなら・・・。

         貴女が去った夜も、星は、こんなにも、美しく輝いている・・・。

         なのに、私の心は・・・、今にも、冷え切ってしまいそうだ・・・。

         星々よ・・・。これが、私の運命というのなら、受け止めよう・・・!

         だが・・・、彼女の運命は、どうか・・・」

 

 

 

長い間

 

 

 

レティア:「クレオ様・・・。最後の我儘をお許しください・・・」

 

 

レティア:「私は、貴女を裏切り、愛に堕ちました・・・。

       だけど、最後くらいは、誇りを取り戻したい・・・。

       冥界の神アヌビスよ・・・。

       私の声が届くなら・・・、

       愛を選び、忠義を捨てた私を・・・。

       彼女を裏切り、神の調和を乱した私を・・・。

       どうか、この穢れた魂を・・・貴方の元に、御導きください・・・!!」

 

 

(短剣を震える手で持ち、自らの胸に突き刺し自害するレティア)

 

 

レティア:「うっ・・・!! ・・・さようなら・・・、クレオ・・・様・・・」

 

 

 

 

 

クレオパトラ:(N)「レティアが、エジプトを去った夜・・・。私は、密かに使者を出していた。

            追放した彼女が、何処に行ったのかを、知っておく為に・・・。

            だが・・・、その使者から、ある日・・・、レティアが自害した事を知らされた・・・。

            私は・・・、静かに使者に、礼を告げると、玉座に座った・・・。

            その夜・・・、私は、一人、ナイル川に向かった・・・。

            レティアとの思い出の場所へ・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「レティア・・・。

         どうして・・・、どうして、もっと早く・・・、貴女の苦しみに・・・。

         気付いてあげられなかったんだろう・・・。

         私は、貴女に裁きを与えたけれど・・・、

         本当は・・・、私こそ、アヌビスの神に、裁かれるべきだったのかもしれない・・・。

         これは、せめてもの罪滅ぼし・・・」

 

 

       (身に着けていたエメラルドの首飾りを外す)

 

 

クレオパトラ:「・・・受け取ってちょうだい・・・。貴女が欲しがってた・・・、エメラルドの首飾りよ・・・。

         どうか・・・、安らかな眠りを・・・。

         私は、貴女が守りたかった、このエジプトを、これからも守っていく・・・。

        

 

 

クレオパトラ:「エメラルドの棺で眠る・・・私の大事な友よ・・・。

         そこから、この先のエジプトの未来を・・・、どうか・・・、見守っていてくれ・・・」

 

 

 

 

長い間

 

 

 

(アレクサンドリアの霊廟に籠り、ローマ軍に包囲される中で死を決意。

 外ではローマ軍の勝利を告げる声が響いている。霊廟は静寂に包まれている)

 

 

 

 

 

クレオパトラ:「くっ・・・、私も、最早、此処までか・・・。

         レティア・・・、あの後、沢山の出来事があった・・・。

         カエサルは、暗殺されて・・・、

         私は、アントニウスと同盟を組み、彼の愛人になった・・・。

         だが・・・、その彼も自殺をし・・・、私も、ローマ軍に包囲されて・・・、

         今は・・・、このアレクサンドリアの霊廟に追い込まれて・・・、終わりを迎えようとしている・・・。

         ああ、レティア・・・貴女の名を聞いた時、胸の奥が冷たくなった。

         カエサルの目が、私に向けていたあの光を、貴女にも注いでいたと知った時・・・、

         私は女王でありながら、ただ一人の女になっていた。

         私は、エジプトを守るために彼を選んだ。

         愛か? それとも策か?

         最初は境界があったのに、いつの間にか境目などなくなっていた。

         彼の声、彼の眼差し、彼の言葉の力・・・。

         それが、私の国をも、私自身をも、包んでしまったの。

         だが彼は、ローマを選んだ。

         あの広大な帝国と、あの無数の目と、そして・・・貴女を。

         私 は玉座を持っていたけれど、彼の心の玉座には、私の居場所はなかったのかもしれない。

         レティア・・・、貴女を恨んではいない・・・。

         貴女もまた、帝国という男に翻弄された一人の女。

         私達は、違う世界の者だった。

         けれど、同じ男を信じ、同じ夢を抱き、そして・・・、同じように裏切られたのかもしれない。

         私の後悔は、彼に愛を見たこと。

         そして、愛の名のもとに祖国を賭けたこと。

         策ではない。誇りでもない。

         私は、一人の女として、彼を信じてしまった・・・。

         ふふっ・・・、もし時が戻るなら、私は再び彼を選ぶだろうか?

         ・・・いいえ。

         だとしても、私はやはり彼を選ぶ。

         それが私の愚かさであり、強さだったから・・・。

         そんな私も・・・、今は・・・、一人・・・。

         でも・・・、最後は・・・、私は、エジプトの女王として、誇りを持って、最後を迎えたい・・・。

         ん? 毒蛇か・・・? ・・・外から、入り込んだのか? 

         それとも、誰か、私を毒殺する為に、果物籠の中にも、忍ばせていたか・・・。

         それとも・・・」

 

 

 

レティア:(M)「クレオ様・・・」

 

 

 

クレオパトラ:「はっ・・・!?

         そうか・・・、この蛇は・・・、お前の遣いか・・・。

         ・・・ならば、私は・・・、自らの運命を受け入れよう・・・。

         レティア・・・。・・・私も・・・すぐに・・・」

 

 

 

 

 

 

終わり

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