
エメラルドの棺
作者:片摩 廣
登場人物
クレオパトラ・・・クレオパトラ7世、古代エジプト最後の女王
カエサル・・・ガイウス・ユリウス・カエサル、ローマ共和政末期の軍人
レティア・・・クレオパトラの従者、幼馴染
比率:【1:2】
上演時間:【60分】
オンリーONEシナリオ2526、
5月、テーマにしたシナリオ
5月の誕生石、エメラルドをテーマにしたシナリオです
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
CAST
クレオパトラ:
カエサル:
レティア:
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
クレオパトラ:(N)「紀元前48年、アレクサンドリア。
夜風が私の肌をなでるたびに、忘れかけた恐怖を呼び覚ます。
我が弟、プト レマイオス十三世は、今日も私の命を狙っている・・・。
王宮の回廊は、もはや私のものではない・・・。
だが、私は降伏しない。
このエジプトの地は、私の血であり、魂であり、誇りそのものだから・・・。
ローマから、このエジプトに訪れた男・・・、カエサル・・・。
神々も恐れるという、冷たい鉄のような意志を持った将軍。
もし彼が・・・、私の手を取ってくれるなら・・・、今の運命は変わるかもしれない。
私は、あの時、決意したのだ・・・。
幼き頃から、共に生きて来た、従者のレティアと・・・。
女王とは、手段を選ばぬもの。
美しさも、知恵も、命さえも・・・、すべてはこの王冠を守るために・・・」
(クレオパトラの幼い頃、ナイル川のほとり)
クレオパトラ:「ねぇ、レティア、私、いつか国を守る女王になるんだ」
レティア:「うん。クレオなら、きっと、立派な女王様になれるよ」
クレオパトラ:「だから、貴女も側にいて。どんな時も、私を支えてくれる?」
レティア:「クレオ、私は、何があっても貴女を守る。・・・例え、貴女が世界のすべてを敵に回しても、私だけは味方だよ」
クレオパトラ:「レティア・・・。うん、約束よ!
私・・・、必ず、立派なこの国の女王になる・・・!」
レティア:「うん! このエジプトを守ってね!」
(クレオパトラの首元で、やさしい光を宿したエメラルドが、ゆらりと揺れている)
レティア:「・・・クレオ・・・、その石、綺麗だね・・・」
クレオパトラ:「これはね、母上からいただいたの。・・・心が迷った時は、このエメラルドを見なさいって・・・」
レティア:「クレオ・・・、その首飾り、少しだけ、触っても良い?」
クレオパトラ:「幾らレティアでも駄目よ・・・。
これは・・・とても大事な物なの。触れさせたら、何かが壊れてしまう気がする・・・」
レティア:「クレオの大事な物・・・。ごめんなさい・・・。私、そうだと知らなくて・・・」
クレオパトラ:「ねぇ、聞いて。・・・私にとって、貴女も大事なんだよ。
ねえ、レティア・・・、私が本当に困った時には、助けに来てくれる・・・?」
レティア:「勿論よ! 何度でも。どんな所でも。例え、死んだとしても・・・、必ず、クレオを助けに行く!」
クレオパトラ:「ふふふ・・・! もう、レティアったら、死んだら助けに来れないじゃない・・・!」
レティア:「例え話よ! それだけ、私にとっても、クレオは大事なんだから・・・」
クレオパトラ:「レティア・・・。
私・・・、このエメラルドみたいに・・・強く、澄んだ大人になりたいな・・・」
レティア:「私も、貴女を守れる強い人になりたい」
クレオパトラ:「私達、このエジプトを守れる強い人になろうね!」
レティア:「うん!」
間
(現代)
クレオパトラ:(M)「そうだ・・・。こんな所で、私は、伏せている場合では無い・・・。
どんな時も、私は、私だ・・・。
例え、この選択肢が、笑われる手段であったとしても・・・、私は構わない・・・」
クレオパトラ:「この手で、運命を切り開く。・・・レティア・・・、私を見守っていて・・・」
間
カエサル:「ほう・・・、私に、エジプトより贈り物だと・・・。良かろう、その絨毯を開いて見せよ。
・・・これは・・・」
クレオパトラ:「私はクレオパトラ。エジプトの正統なる女王。
贈り物は気に入ってもらえたでしょうか?」
カエサル:「なるほど・・・、王たる者の風格を、既に備えているな。
エジプトの女王、か・・・。・・・実に見事だ」
クレオパトラ:「私の血筋はプトレマイオスの正統。
・・・エジプトに生きる全ての民の為に、正義を求めて参りました・・・」
カエサル:「正義、か・・・。悪くない答えだ。
・・・正義など、力なき者の言い訳だと、私は思っていたが・・・。実に興味深い・・・」
クレオパトラ:「ならば、力を持つ者こそ、正義を正しく用いねばなりません。
このエジプトの為に、力をお貸しください・・・」
カエサル:「はっはははは!! 気に入った・・・!!
この私を前にしても、一歩も引かず、力を貸せと申すか・・・。
良かろう・・・。
ならば取引しよう、女王よ。
・・・お前が望む正義を、私の持つ、このローマの力で叶えさせてみせる」
クレオパトラ:「はい・・・。共に、このエジプトの未来を築きましょう」
間
レティア:「・・・クレオ様・・・」
クレオパトラ:「レティア、丁度良かった。・・・宴の用意を頼む・・・」
レティア:「畏まりました・・・。・・・」
クレオパトラ:「・・・ん? まだ何か用か?」
レティア:「いいえ。・・・直ちに、宴の用意を致します・・・」
クレオパトラ:「頼んだ。・・・今に見ておるがいい・・・、兄上よ。・・・このエジプトは、私が守ってみせる・・・」
間
(夜明け前。エジプトの空は、かすかに赤みを帯びていた。王宮の奥、カエサルの陣営にて。)
クレオパトラ:「我が兄、プトレマイオス十三世は、未熟だ・・・。
だが、周囲には老獪(ろうかい)な廷臣(ていしん)達が付いている・・・」
カエサル:「なるほど・・・。プトレマイオス十三世は、金と策略を使って、ローマ兵も買収しようとしている」
クレオパトラ:「・・・分かっている。こちらも動かねばならない。・・・民の心を、取り戻す為に・・・」
カエサル:「良かろう!! ならば、我がローマとエジプト、此処に共に剣を取る!!」
間
(数日後。クレオパトラとカエサルの軍勢は、王宮を包囲した。)
クレオパトラ:「・・・」
カエサル:「黙って俯いて、どうした?
心配は要らない。この地に生きる神々も、お前に味方するだろう」
クレオパトラ:「いいえ、神々に頼る気はありません。
私は、私自身で戦います・・・!」
カエサル:「そうか、ならば先を進むぞ。プトレマイオス十三世の居る玉座へ!」
間
(王宮内では、プトレマイオス十三世が動揺していた。不安に駆られた家臣たちが勝手に動き、混乱は加速する)
クレオパトラ:「兄上、最早、逃れられません。エジプトの民は、貴方の為には戦いません!」
カエサル:「プトレマイオス十三世、大人しく投降するのだ」
クレオパトラ:「これで、エジプトは救われる・・・。レティア・・・私は、約束を守った・・・」
カエサル:「まだ終わりではない、クレオパトラよ。・・・これからが、本当の闘いだ」
クレオパトラ:「分かっている・・・」
間
レティア:(M)「クレオ様は・・・、変わった・・・。
ガイウス・ユリウス・カエサルの協力もあって、
再び、エジプトに平和が訪れたが・・・。
しかし、本当にこれで、良かったのだろうか・・・。
あの男は、どうも、信用が出来ない・・・」
クレオパトラ:「レティアよ。此処に居たのか」
レティア:「クレオ様・・・」
クレオパトラ:「カエサルから、これをいただいたのだ。見てみろ、美しいだろう・・・」
レティア:「銀色の蛇の指輪・・・」
レティア:(N)「細く、しなやかに巻かれた蛇のデザイン。
頭には小さなエメラルドが埋め込まれ、
まるで、星が一粒、夜を照らしているようだった・・・」
クレオパトラ:「そんなに、見つめ続けても、この指輪はやらぬぞ・・・」
レティア:「私とした事が・・・。とんだ御無礼を・・・」
クレオパトラ:「もう良い。・・・レティアは、昔からエメラルドを見ると、目を輝かせておったな。
覚えているか? ナイル川での誓いを」
レティア:「忘れるわけが御座いません。あの誓いは、私とクレオ様の大事な・・・」
カエサル:「こんな所に居たのか。・・・ほう、その贈り物、わざわざ、従者にまで見せに来るとは・・・、余程、気に入ったのだな」
レティア:「従者・・・」
カエサル:「ん? 何か不満なのか?」
レティア:「いいえ・・・」
クレオパトラ:「カエサル・・・。レティアを許してはくれないか。
・・・私にとって、レティアは、他の従者とは違って特別なのだ・・・」
レティア:「クレオ様・・・」
カエサル:「余程、気に入っているのだな。良かろう。・・・私は寝室に戻る」
クレオパトラ:「カエサル・・・」
カエサル:「何だ?」
クレオパトラ:「贈り物をありがとう。・・・大事にする」
カエサル:「ふっ・・・、そうしてくれ」
レティア:(N)「カエサルに、そう告げるクレオ様は、自然に笑っていた。
私だけが知っていたクレオ様の本当の笑顔・・・」
クレオパトラ:「レティア、どうかしたのか?」
レティア:「いいえ、何でも御座いません」
クレオパトラ:「それなら良いのだが・・・」
レティア:(M)「あの男は・・・、クレオ様を、何処か遠くへ連れていってしまうかもしれない・・・。
でも、私には、それを阻む力は無い・・・。
あの時、クレオ様を守ると誓ったのに・・・。私は・・・」
(夜、クレオパトラの私室)
クレオパトラ:「見れば見る程・・・、美しい・・・」
レティア:「クレオ様・・・」
クレオパトラ:「レティアか。・・・こんな夜更けにどうした?」
レティア:「・・・」
クレオパトラ:「その様子だと、・・・何か、言いたいことがあるのだな?」
レティア:「あの男を、信じてはなりません」
クレオパトラ:「何を言う!
カエサルは、私の為に、自ら剣を取った。エジプトを取り戻すために、血を流すことも厭わなかったのだ。
それなのに、何故、信じてはならないと申すのだ」
レティア:「それは・・・、クレオ様、騙されてはいけません。あの男自身の為です!」
クレオパトラ:「何だと?」
レティア:「ローマの為。ローマの栄光の為。決して、貴女を思っての行動ではない!」
クレオパトラ:「レティア・・・。
・・・すまない。・・・それでも私は、カエサルと共に進むと決めたのだ。この国の女王として」
レティア:「・・・」
クレオパトラ:「勿論、レティアとの誓いは、忘れていない。
でも・・・私は、あの頃の・・・、ただのクレオでは、もう居られないのだ・・・」
レティア:「クレオ様・・・。・・・分かりました。・・・夜分に失礼致しました・・・」
間
(冷たい夜の空気が、宮殿の回廊を満たしていた。火の消えた松明の影、レティアは静かに立っていた。)
レティア:(M)「カエサル・・・、あの男がいる限り、クレオ様は・・・」
カエサル:「・・・待ち伏せとは、らしくないな・・・」
レティア:「カエサル・・・」
カエサル:「その短剣で、私を殺そうと言うのか?」
レティア:「クレオ様の為に、此処で貴方様を討つ。それだけです・・・」
カエサル:「それは、クレオパトラの為か? それとも・・・お前自身のためか?」
レティア:「・・・・・私自身の為?」
カエサル:「その通りのようだな」
レティア:「黙れ・・・!!」 (短剣を向ける)
カエサル:「刃を向ける以上、私も容赦はしない!!」
レティア:「死ねええええええ!!!」
カエサル:「悪くない。・・・剣術は何処で学んだ?」
レティア:「これから、死ぬ御前には、関係ない・・・!!」
カエサル:「だが・・・、俺を討つには・・・、千度は生まれ変わる必要がある!!」
レティア:「何を!! ・・・クレオ様を守るのは、私の役目だああああああ!!!」
クレオパトラ:「もう止めて!!!!」
レティア:「クレオ様・・・!!」
クレオパトラ:「レティア、お願い。もう・・・やめて・・・」
カエサル:「・・・クレオパトラ。・・・何故、止める。私は、この従者と剣術の稽古をしていただけだ!」
クレオパトラ:「とても、そのようには見えなかったが! ・・・そうなのか? レティア・・・」
レティア:「はい・・・、そうです・・・」
クレオパトラ:「分かった。・・・もう夜も遅い。程々にせよ・・・」
カエサル:「・・・分かっている」
間
レティア:「何故、私を庇った・・・?」
カエサル:「剣を振るうよりも、別の道がある・・・。それを今から、教えてやる」
レティア:「一体、何を・・・!? ・・・ん・・・!? 嫌だ!? 放せ・・・!!」 (カエサルに強引に唇を奪われる)
カエサル:「・・・私の妾になれば・・・、これから先も、クレオパトラの傍に居られる」
レティア:「誰が、お前の妾になんか・・・」
カエサル:「どうした? それで、抵抗しているつもりか?」
レティア:「クレオ様・・・」
カエサル:「お前の瞳は、剣よりも鋭い」
レティア:「くっ・・・、な・・・なぜ、こんな事・・・!」
カエサル:「憎しみの刃も、時には愛の火に変わる。お前は、まだ知らないだけだ」
レティア:「馬鹿馬鹿しい・・・」
カエサル:「いずれ、分かる・・・」
間
レティア:(M)「昨夜のあれは、ただの侮辱だ・・・。私を屈服させるために・・・」
クレオパトラ:「レティア・・・。少し良いか・・・?」
レティア:「クレオ様・・・」
クレオパトラ:「・・・正直に申せ。・・・カエサルの事は嫌いか?」
レティア:「どうして、そんな事を・・・」
クレオパトラ:「質問に答えよ」
レティア:「・・・嫌い、です」
クレオパトラ:「そうか。・・・カエサルは、私の選んだ男だ。
だからといって、そなたも好きになれとは強制はしない。安心するが良い」
レティア:「クレオ様・・・」
クレオパトラ:「・・・レティア、もし、カエサルの傍に居るのが嫌なら、私の従者の役目も・・・」
レティア:「いいえ!! 私は、決して、クレオ様の傍を離れません!!
貴女を守る役目は、私の役目です・・・!!」
クレオパトラ:「レティア・・・」
レティア:「クレオ様・・・。私は、訓練場に向かいますので、これで・・・」
クレオパトラ:「・・・レティア、そなたは、何を隠している・・・」
間
(レティアはカエサルのいる訓練場を、ふと訪れていた。理由は、自分でもわからなかった。)
カエサル:「ふっ・・・、来たか・・・」
レティア:「・・・ただ、様子を見に来ただけよ・・・」
カエサル:「レティア・・・」
レティア:「近寄るな・・・」
カエサル:「正直に言え。私に会いたかったのだろう?」
レティア:「ち、違う・・・!」
カエサル:「本当に、そうか?」
レティア:「そうだ」
カエサル:「なら、何故・・・、俺の手に触れた時、そんなに顔を赤らめる?
なぜ、俺の視線から目を逸らす?」
レティア:「違う・・・!! お前が、しつこいから・・・!!」
(カエサルは、壁際の彼女にぐっと顔を近付ける)
カエサル:「・・・お前、私の事が好きなんだろう?」 (傍で囁く)
レティア:「ち、違・・・っ!」
カエサル:「俺は、お前のその目が、ずっと欲しかった」
レティア:「目だと?」
カエサル:「怖がらなくていい。もう、お前はとっくに俺に堕ちている」
(レティアは唇を噛み、何も言えず、ただその言葉を受け止めるしかなかった。)
レティア:(N)「先程の、その言葉が、胸の奥に深く刺さっていた。
カエサルの声は、いつまでも耳に残って離れなかった。
瞳、吐息、触れた指先・・・。
どれもが熱を持って、私の内側を焼き付けている・・・」
レティア:(M)「私が・・・、堕ちた・・・? そんな訳があるはず・・・。
触れられる度・・・、怖い程、引き寄せられてしまう・・・」
(ふと、遠くからクレオパトラの声が聞こえた。)
クレオパトラ:「・・・レティア! レティアは、居らぬか・・・?」
レティア:(M)「裏切ってる。あの人の信頼も、誓いも・・・。
なのに私は・・・、どうして・・・こんな気持ちに・・・」
クレオパトラ:「此処に居たのか?」
レティア:「クレオ様・・・、何か用でしょうか?」
クレオパトラ:「最近・・・、貴女が、私を見ていない気がするの・・・。
私の気のせいなら良いのだが・・・」
レティア:「そんな・・・、滅相も・・・」
クレオパトラ:「嘘は、要らない・・・。
昔、貴女は、私だけを見ていた。
なのに今・・・、その目は、別の誰かを映してる・・・」
レティア:「・・・」
クレオパトラ:「お前が何を思おうと、何を選ぼうと・・・、止める事はしない・・・。好きにせよ・・・!」
レティア:「私は・・・」
クレオパトラ:「お前には失望した・・・。私に、嘘を付いているとは・・・」
レティア:「クレオ様・・・!」
クレオパトラ:「もう良い!! 下がれ!!!」
レティア:「・・・失礼します・・・」
間
(玉座の間。女王クレオパトラ。だが、その顔にあったのは、誇りでも威厳でもなく静かな喪失感だった。)
クレオパトラ:「・・・」
カエサル:「そう落ち込むな、クレオパトラ。裏切られるのが恐いなら、私だけを信じていれば良い」
クレオパトラ:「・・・何をしに来た?」
カエサル:「お前の顔が、余りにも寂しげだったからな。こんなに弱った顔を見せるとは思わなかった・・・」
クレオパトラ:「私だって、弱気になる事はある・・・」
カエサル:「あの従者の事か? どうして、そこまでこだわるのだ」
クレオパトラ:「幼い頃から、一緒に居る我が友人なのだ。・・・その友が、私に嘘を付いていた・・・」
カエサル:「嘘か・・・。人間なのだ・・・。一つや二つ、嘘を付いていても可笑しくないだろう」
クレオパトラ:「カエサル・・・。お前も私に、嘘を付いてるのか?」
カエサル:「あぁ、嘘を付く事もある。だが、これだけは覚えとくがいい。私のお前への愛は本当なのだと」
クレオパトラ:「カエサル・・・。嬉しいが、素直に信じれない私も居る・・・」
カエサル:「なら忠告だ。
愛も忠誠も、信じ過ぎれば毒になる・・・」
クレオパトラ:「毒だと? ならば私は、その毒まで、飲み干してみせよう」
カエサル:「それでこそ、私の愛した女だ」
クレオパトラ:「カエサル・・・」
カエサル:「今宵のお前は、月よりも冷たく、美しい」
クレオパトラ:「夜は静かでいいわ。誰も信じなくていいから」
カエサル:「それは・・・私もか?」
クレオパトラ:「お前を信じる程、愚かじゃない」
カエサル:「だが惹かれてはいる」
クレオパトラ:「惹かれているのは、お前では?」
カエサル:「女王に、挑まれるのも悪くない。
お前は欲しいものを得るためなら、どんな顔でも演じる女だ」
クレオパトラ:「お前も、ローマ帝国の為なら愛すら利用する男でしょう?」
カエサル:「だから、似ている」
クレオパトラ:「それ以上、近付いたら、毒を盛るわよ」
カエサル:「その毒なら・・・、甘い香りがしそうだ」
クレオパトラ:「思い上がりも、そこまでくると滑稽ね」
カエサル:「危険な女に惹かれるのは、私の悪い癖なんだ・・・」
クレオパトラ:「お前は、私を口説いているのか? それとも、懐柔してるのか?」
カエサル:「両方だ。だが・・・本心でもある」
クレオパトラ:「もし私が、エジプトの女王ではなく・・・、ただの女だったなら?」
カエサル:「例え、戦場で出会っていても、俺は同じようにお前の唇を奪っただろう」
クレオパトラ:「・・・」
カエサル:「強欲な女に出会ったら、こちらも全力で応じなければ失礼だからな」
クレオパトラ:「なら、試してみる?」
カエサル:「何だと?」
クレオパトラ:「お前が、ローマの英雄か、ひとりの男か・・・、私が、見極めよう」
カエサル:「ふふっ・・・、その挑戦、受けて立とう・・・」
間
レティア:(M)「カエサル・・・。くっ・・・クレオ様が羨ましい・・・。
はっ・・・!? 私は、今、何を・・・!?
違う・・・、断じて違う・・・!
私は、カエサルの事など・・・」
カエサル:「はははは・・・、クレオパトラ、何をする」
レティア:(M)「カエサルが、また笑ってる・・・。
あんなに楽しそうに・・・」
嫌・・・。・・・そんな風に笑わないで・・・。
はっ・・・!? また私は何を・・・!?
どうして、カエサルの事を思うと、胸が苦しくなる・・・」
クレオパトラ:「カエサル・・・」
カエサル:「クレオパトラ・・・」
レティア:(M)「そんなに、お互い見つめないで・・・。
駄目・・・、もう、耐えられない・・・!!」
(その場を走り去るときに、物音がする)
クレオパトラ:「ん? 誰だ!?」
カエサル:「どうした?」
クレオパトラ:「誰かが、私達を覗いてたようだ・・・」
カエサル:「ほう・・・」
クレオパトラ:「すまない・・・。興がそがれた。・・・今夜は、お終いにしよう」
カエサル:「残念だ。だが仕方あるまい」
間
(走りながら、さっきの二人の光景を思い出しているレティア)
レティア:(M)「クレオ様じゃなくて、私だったら・・・。
・・・私を見てくれたら、あの笑みを私に向けてくれたら・・・。
・・・何も、持っていない。
忠誠しか、愛しか、捧げるものがなかったのに・・・。
・・・どうして?
何故、貴方を愛してしまったの・・・?」
カエサル:「何処に行くんだ? ・・・覗き見は、趣味ではなかろう?」
レティア:「カエサル・・・」
カエサル:「クレオパトラと私のやりとりを見て、嫉妬でもしたか?」
レティア:「クレオ様・・・」
カエサル:「クレオ様か・・・。
お前がそう呼ぶ度に、面白い程、顔が曇るな・・・。
・・・隠している感情は、もう誰の目にも明らかだ。
だが、君自身が一番、まだ認めていないだけだろう?」
レティア:「認めたら・・・、すべてが壊れてしまう・・・」
カエサル:「いいや、壊れるのではなく・・・、生まれ変わるのだ。
例えば、君自身が、クレオパトラの影である事を捨てれば、
もっと自由に、笑えるかもしれない。
君は、美しい。
そして、知っているはずだ・・・、自分が女である事を・・・」
レティア:「黙って・・・。貴方にそう言われると、怖くなる・・・」
カエサル:「なら、この手で、その恐れ事、奪ってやろうか?
・・・私の目を見ろ。
君が誰を想っているのか、
君の唇が誰を欲しているのか、
君自身が一番、わかっているはずだ」
レティア:「・・・」
カエサル:「君は、私を拒まなかった。
むしろ、心の奥で待ち望んでいた・・・違うか?
レティア:「・・・違う・・・、私は、クレオ様を・・・」
カエサル:「忠誠と愛は、両立出来ない事もある」
だから選べ。
女として生きるか、影として、朽ちるか・・・」
レティア:「くっ・・・」 (目を背ける)
レティア:(M)「駄目・・・。彼の眼を・・・、声を・・・、聴くと、理性が保てない・・・。
これ以上、深入りしては駄目だ・・・。
分かっているのに・・・、抗えない・・・」
カエサル:「目を背けるな。・・・私を見るんだ、レティア」
レティア:「あ・・・、私の名前・・・」
カエサル:「どうした? 名前を呼んだだけで、その反応・・・。
こうしたら、どうなるんだ?」 (頬に触れる)
レティア:「私に触れるな・・・!」
カエサル:「声が上ずっているな」
レティア:「そんな事は・・・!」
レティア:(M)「何故だ・・・、カエサルが触れる度に・・・、
こんなにも心が・・・、熱く、痛くなる・・・」
カエサル:「好い加減に素直になれ」
レティア:「・・・私は・・・っ」
カエサル:「言わなくていい。君の目が、全てを語っている」
レティア:「・・・っ。
私は・・・、カエサル・・・、貴方が欲しい・・・」
カエサル:「やっと素直になったな。私に、どうして欲しい?」
レティア:「口付けを・・・」
カエサル:「良いだろう・・・」 (レティアに口付けをする)
レティア:「ん・・・、ん・・・」
間
カエサル:「・・・満足か?」
レティア:「ええ・・・。・・・うっ・・・」
カエサル:「・・・泣いているのか?」
(カエサルの声は低く、穏やかだった。カエサルの指が彼女の頬に触れ、そっと涙を拭う。)
レティア:「いいえ・・・、違う・・・」
カエサル:「・・・」
レティア:「カエサル・・・」
カエサル:「・・・何だ?」
レティア:「私に・・・、どうして欲しい・・・?」
カエサル:「それを聞くのは、私のほうではないか?」
レティア:「違う・・・。私はもう、抗えない・・・。
だから・・・答えて欲しい。
貴方は・・・、私に、どうして欲しい?」
カエサル:「なら・・・君は、私に何を望む?」
レティア:「・・・時間の許す限り・・・私を、抱いて欲しい
私が、女で居られる時間が終わるまで・・・。
貴方だけに、全部・・・、預けたい・・・」
カエサル:「・・・よく言った、レティア。
なら、全てを預かろう。
君が女である事も、罪悪感も、涙も・・・、全部、私が引き受けよう・・・」
レティア:「カエサル・・・」
レティア:(N)「・・・私が、彼に落ちた瞬間だった・・・。
三度目の口付けは、忠誠の証として・・・。
お互いの心音が、重なり、大きくなるのが分かる・・・。
闇夜に溶けるように、私とカエサルは互いの熱を重ねていった・・・」
間
(ナイル川で一人、昨夜の事を考えているレティア)
レティア:(M)「冷静に・・・、平常心で・・・。昨夜の事など、無かったように・・・。
この思いは・・・、クレオ様に知られては・・・」
クレオパトラ:「・・・レティア、此処に居たのか?」
レティア:「クレオ様・・・」
クレオパトラ:「どうした? 考え事か?」
レティア:「・・・少し、一人になりたくて」
クレオパトラ:「そう。最近、貴女には色々と責務を任せていたものね・・・」
レティア:「・・・」
レティア:(M)「私の事を・・・、まだ信じてくれてる・・・」
クレオパトラ:「ねぇ、覚えてる? 小さい頃、よく此処で、将来を誓い合ったのを・・・」
レティア:「勿論、忘れていません・・・」
クレオパトラ:「今は、二人っきりよ。堅苦しい言葉は要らない・・・。エジプトの女王と従者ではなく、仲の良い幼馴染で良いの」
レティア:「クレオ様・・・」
間
(幼少期を思い出すレティア)
(幼少期)
レティア:「ねぇ、クレオ・・・、その首飾り、また付けてるのね」
クレオパトラ:「うん。お母様がね、私の生まれた日にくださったの。
この子が女王になる時まで、肌身離さず持っていなさいって」
レティア:「いいなぁ・・・。
そんな特別なもの・・・、私は持ってないや・・・。
大人になったら、私も、その首飾りが欲しいな・・・」
クレオパトラ:「え? これは王家のものよ? 簡単にはあげられないの!」
レティア:「わかってる。でも・・・クレオがくれるって言ったら、それは王女の意思になるんでしょ?」
クレオパトラ:「・・・ふふふっ、レティアらしいわね」
(クレオパトラは笑いながら首飾りに手をやる。そして一瞬だけ、それを外してレティアの首にそっとかけた。)
クレオパトラ:「・・・貸してあげる。でも、今だけよ」
レティア:「本当に!?」
クレオパトラ:「ええ」
レティア:「嬉しい・・・。ねぇ、クレオ」
クレオパトラ:「何?」
レティア:「この首飾り。
私がすごく立派になって・・・、クレオが、あげてもいいって思うくらいになったら、
その時には・・・、貰っても良い?」
クレオパトラ:「ふふふ・・・、それならいいわ。
でも、そう簡単にはあげないからね。
本当に、女王に相応しいって思えるくらいの、レティアにならないと」
レティア:「うん! 絶対なる!!」
クレオパトラ:「約束よ」
レティア:「うん! ・・・ねぇ、クレオ・・・」
クレオパトラ:「ん?」
レティア:「私、クレオの隣にずっと居たいな。
いつか大人になっても、何処にも行かないで。
このエジプトで、一緒に大人になるの・・・。
クレオの一番の人になりたい・・・」
クレオパトラ:「じゃあ約束ね。
その時が来たら・・・、このエメラルドの首飾りは、貴女のものよ・・・」
レティア:「うん!!!」
(幼少期、終了)
間
(現代)
クレオパトラ:「さっきから、黙ってるけど、どうかしたの?」
レティア:「何故、人は、大人に成長するの・・・。成長すればする程・・・、複雑な感情に悩まされる・・・。
出来る事なら、あの頃のように、ずっと子供で居れたら、気が楽なのに・・・」
クレオパトラ:「知ってる? 星々はね、人の生まれ持った性を映し出すの。
私達は皆、星の配置の元に生まれ・・・、
それぞれの性質と欲望を、最初から宿しているのよ」
レティア:「・・・性質と、欲望・・・」
クレオパトラ:「そう・・・。例えば、情熱に溺れやすい者、権力に抗えぬ者。
誰かを守る事でしか、自分を保てない者・・・。
星は、それを隠そうとしない。・・・むしろ、運命のように配置されているの・・・」
レティア:「・・・」
クレオパトラ:「私、貴女の星を見た事があるの。
貴女は・・・、情と忠誠の間で、常に引き裂かれる星の下に生まれているわ・・・」
レティア:「それって・・・」
クレオパトラ:「決して悪い事じゃないの。
ただ、知っておいて欲しいの。人は、自分の欲求からは逃れられない・・・。
例え、それがどんなに醜く見えても、どんなに誰かを傷つけても・・・、
その本性が、貴女を支配する・・・」
レティア:「・・・」
クレオパトラ:「レティア。
貴女の中にある、その苦しみも、欲望も・・・、
星々は、ずっと前から知っていたのよ」
レティア:「・・・っ」
クレオパトラ:「だから、もし貴女がこの先、誰かを愛し、誰かを裏切ってしまうとしても・・・、
それは、星が導いたこと・・・。
貴女の罪じゃない・・・。でも、貴女の選択ではあるのよ」
レティア:「・・・」
レティア:(M)「だからあの時、カエサルに、自ら手を伸ばしたのか・・・。
そうだ・・・、拒む事も、逃げる事も、出来たはずだったのに。
私は、逃げなかった・・・。
むしろ、あの状況を、心の底から望んでいた・・・。
クレオ様には言えない、もう一人の私が、そこには居た・・・。
私は・・・、何を選んだの?
カエサル? 裏切り? それとも、愛・・・?」
レティア:「わ、私・・・」 (声が震える)
クレオパトラ:「人は皆、選ばされるわ。愛か、忠義か。欲か、誇りか。
そして、どちらを選んでも・・・、代償は残るのよ」
レティア:「っ!!」
レティア:(M)「・・・じゃあ、私が背負う、代償は・・・」
クレオパトラ:「どうしたの? レティア?」
レティア:「何でもないの・・・」
クレオパトラ:「少し、長話をし過ぎたようね。私は王室に戻るわ」
レティア:「私は、もう少し、此処に居ます」
クレオパトラ:「好きになさい」
長い間
(クレオパトラが去った後も、一人、長い時間、悩み続け、いつの間にか辺りは、日が沈み、闇に包まれていく)
レティア:「私は、どうしたら・・・」
カエサル:「・・・レティア、何を悔いている?」
レティア:「カエサル・・・!? ・・・こんな所まで、何をしに来たの・・・」
カエサル:「その様子だと、余程、後悔しているようだな。
・・・私達の関係を、クレオパトラに、見透かされたか・・・?」 (レティアの耳元で囁く)
レティア:「・・・止めて、今は・・・」
カエサル:「止めてだと? 随分と上品な台詞じゃないか・・・。
あの夜、私の腕の中で喘いでいた時は・・・、もっと素直だったのに」
レティア:「っ・・・!」
カエサル:「またそうやって目を背ける。ふっ・・・、お前は分かりやすい。
罪を感じているのか? そうかもしれんな。
だがな、一度、罪の味を知った女は、もう戻れん」
レティア:「止めて、そんな言い方・・・。私は・・・」
カエサル:「私は? どうした、誠実な従者よ。
言ってみろ。クレオパトラを裏切った事を・・・。
お前は・・・もう堕ちたのだ。それを否定しても、身体は覚えている。
あの夜を、お前の肌は忘れていない・・・」
レティア:「あの夜・・・」
カエサル:「あぁ、そうだ」
レティア:「確かに、私から貴方を求めた・・・。しかし、あの後から、罪の意識が消えない・・・。
このままでは、もっと深い罪に溺れ・・・、やがて破滅する・・・」
カエサル:「・・・お前は、そうは言っておきながら、今夜も私を求めるんだろう?」
レティア:「違う・・・!」
カエサル:「じゃあ、何故、私の腕に、しがみつく?
本当は、私に触れられたくてたまらないのだろう? ・・・素直になれ」
レティア:(M)「駄目・・・、駄目なのに・・・、カエサルの声に抗えない・・・」
レティア:「・・・っ・・・」
(自ら、カエサルの口元に、口付けをするレティア。)
カエサル:「・・・そうだ、それで良い。
理性も、忠誠も・・・、今この瞬間には不要だ・・・」
レティア:「はい・・・」
カエサル:「よく来たな、レティア。ようやく・・・、お前がお前になった・・・」
間
(蝋燭の火が揺れ、静寂に包まれた王宮の片隅。レティアは、重く息を吐きながら、小さな瓶を手にしていた)
クレオパトラ:「カエサル・・・。良さぬか・・・」
カエサル:「良いだろう、私達は、結ばれる運命なのだ」
クレオパトラ:「今は、宴の席で、酒を楽しみたいのだ」
カエサル:「仕方ない。・・・誰か、居らぬか? 直ちに酒を持ってこい!」
レティア:「はい、只今・・・」
レティア:(M)「クレオ様が、お酒を求めてる。
今が、その時だ・・・。
・・・こんな事は、間違ってる・・・。分かってる・・・。
でも、これ以上、苦しむのは嫌・・・。
このまま、こんな関係が続けば、私は・・・、壊れてしまう・・・。
・・・そうよ・・・、これは救いなの・・・。
カエサルの隣に居たい・・・。
でも、クレオ様がいる限り・・・、私は一生、影のまま・・・。
ごめんなさい・・・、クレオ様・・・」
クレオパトラ:「レティア・・・」
レティア:「クレオ様・・・、お酒をお持ち致しました・・・。お注ぎ致します・・・」
クレオパトラ:「どうした、レティア? そんな顔をして」
レティア:「私の顏が、何か・・・?」
クレオパトラ:「いや、すまぬ。・・・私の気のせいのようだ。続けてくれ」
レティア:「・・・。・・・どうぞ・・・」
クレオパトラ:「ほう・・・、良い酒だ。・・・早速、いただこう・・・」
(ゆっくりと杯に、注がれたお酒を口元に持っていくクレオパトラ)
レティア:「っ!! ・・・待ってください!!!」
カエサル:「ん?」
クレオパトラ:「大声をあげて、どうした?」
レティア:「・・・お願い、飲まないでください・・・!」
クレオパトラ:「どうしてだ?」
レティア:「・・・それには、猛毒が、入っています・・・!
私が、入れました。・・・私が・・・、この手で、貴女を殺す為に・・・!!
私は・・・、なんて愚かな事を・・・!!!」
クレオパトラ:「・・・やはり、そうだったのか・・・」
レティア:「クレオ様・・・、知っていて、それでも・・・、飲もうとしたのですか・・・?」
クレオパトラ:「そうだ・・・」
カエサル:「毒殺だと・・・!!! 誰か、この従者を、捉えるのだ!!!」
クレオパトラ:「カエサル!!!」
カエサル:「何だ・・・?」
クレオパトラ:「此処は、私に任せてくれぬか?」
カエサル:「しかし!」
クレオパトラ:「この通りだ・・・」
カエサル:「うっ! ・・・分かった・・・」
レティア:「私は・・・、その・・・」
クレオパトラ:「・・・玉座で待っている」
間
(レティアが重い足取りで、玉座の扉を開くと、目を閉じながら、来るのを待ってるクレオパトラが見えた)
レティア:「クレオ様・・・」
クレオパトラ:「来たか・・・。レティア・・・」
レティア:「私は・・・、・・・私は・・・!!」
クレオパトラ:「さぞかし、苦しかったであろう。
私と、カエサルの間に立たされて・・・。
そなたの心が、今にも張り裂けそうだったのは、分かっていた・・・」
レティア:「私は・・・愚か者です・・・クレオ様を裏切って・・・、苦しんで・・・、それで・・・、
ついには、自分の罪の重さに耐えきれずに、貴女を・・・」
クレオパトラ:「・・・それでも、そなたは止めた。私を殺さなかった」
レティア:「どうか、私(わたくし)を裁いてください・・・。お願いです・・・」
クレオパトラ:「レティア・・・。
くっ・・・。・・・。
良かろう・・・。ならば私は、エジプトの女王として、そなたに選択を与える・・・!!」
レティア:「・・・」
クレオパトラ:「この場で、自ら命を絶つか。
あるいは、この国を去り、二度と私の前に姿を現さぬこと!」
レティア:「・・・クレオ様・・・、それは・・・」
クレオパトラ:「私は、もはや、そなたを傍に置く事は出来ない・・・!
しかし、エジプトの女王として、貴女の最後の選択に敬意を払いたいのだ」
・・・そなたの運命は・・・、そなた、自ら選ぶのだ・・・。
それが、そなたの罪への答えだ!
・・・時間は今宵まで。月が天頂を越えるまでに、決めよ・・・」
レティア:「はい・・・」
レティア:(N)「クレオ様は、そう告げると、私の前から、静かに立ち去った・・・」
レティア:(M)「さようなら・・・、クレオ様・・・」
長い間
(用意を済まし闇夜に紛れて、エジプトを出ていくレティア。その様子を黙って見送るカエサル)
カエサル:「・・・」
クレオパトラ:「名を呼ばずとも、お前は彼女を見送るのだな」
カエサル:「・・・去る者には、何も贈らぬ主義でね。
だが、目を背ける程、冷たくもなれない」
クレオパトラ:「レティアの心が、お前に向いていたのは分かっていた。
それでも、私は、彼女に、エジプトの女王として裁きを与えた。
その事を・・・お前は、どう思う?」
カエサル:「賢明な判断だ。・・・あの宴の席には、私とお前以外に、沢山の従者も居た。
お前が、レティアの罪を、何も裁かなければ・・・、
やがて民にも、その事は伝わっていただろう・・・」
クレオパトラ:「そうなれば、お前と、レティアの関係も、明るみになる・・・」
カエサル:「お前は、一人の従者よりも、この国を選んだ。
ふふっ、それでこそ、私の選んだ女王だ」
クレオパトラ:「戯言を・・・。
覚えとくが良い。私は、どんな手段を選んででも、このエジプトは守る!」
カエサル:「覚えておこう。・・・どうやら、去ったようだな・・・。では、私は失礼する」
クレオパオラ:「・・・さようなら・・・、我が友・・・、レティア・・・」
間
レティア:(N)「・・・それから私は、小さな港町の外れで、ひっそりと暮らしていた。
名前を偽り、身分も、名誉も捨て、ただ生きるだけの日々・・・。
しかし、夜になると、いつも、あの時の、クレオ様の声が耳に蘇る・・・」
(回想)
クレオパトラ:「この場で、自ら命を絶つか。
あるいは、この国を去り、二度と私の前に姿を現さぬこと!」
(回想、終了)
レティア:「はっ・・・! はぁ、はぁ、はぁ~・・・」
レティア:「・・・ごめんなさい、クレオ様。貴女を、あんなにも傷つけて・・・。
・・・それでも、私は・・・、あの人を、愛してしまった・・・。
クレオ様が居なければ、私の人生は始まらなかった・・・。
私は・・・、クレオ様の従者である事が、誇りだった・・・」
レティア:「もし・・・またいつか会えたなら・・・。
その時、私は・・・、何を言えば、許されるのだろうか・・・?
いいや、そんな事・・・、不可能だ・・・。・・・クレオ様・・・」
間
(王宮のベランダで、一人、後悔しているクレオパトラ)
クレオパトラ:「・・・何故、もっと早く・・・、貴女を止めれなかった・・・。
もう一度、・・・あの夜に戻れたなら・・・。
貴女が去った夜も、星は、こんなにも、美しく輝いている・・・。
なのに、私の心は・・・、今にも、冷え切ってしまいそうだ・・・。
星々よ・・・。これが、私の運命というのなら、受け止めよう・・・!
だが・・・、彼女の運命は、どうか・・・」
長い間
レティア:「クレオ様・・・。最後の我儘をお許しください・・・」
レティア:「私は、貴女を裏切り、愛に堕ちました・・・。
だけど、最後くらいは、誇りを取り戻したい・・・。
冥界の神アヌビスよ・・・。
私の声が届くなら・・・、
愛を選び、忠義を捨てた私を・・・。
彼女を裏切り、神の調和を乱した私を・・・。
どうか、この穢れた魂を・・・貴方の元に、御導きください・・・!!」
(短剣を震える手で持ち、自らの胸に突き刺し自害するレティア)
レティア:「うっ・・・!! ・・・さようなら・・・、クレオ・・・様・・・」
間
クレオパトラ:(N)「レティアが、エジプトを去った夜・・・。私は、密かに使者を出していた。
追放した彼女が、何処に行ったのかを、知っておく為に・・・。
だが・・・、その使者から、ある日・・・、レティアが自害した事を知らされた・・・。
私は・・・、静かに使者に、礼を告げると、玉座に座った・・・。
その夜・・・、私は、一人、ナイル川に向かった・・・。
レティアとの思い出の場所へ・・・」
クレオパトラ:「レティア・・・。
どうして・・・、どうして、もっと早く・・・、貴女の苦しみに・・・。
気付いてあげられなかったんだろう・・・。
私は、貴女に裁きを与えたけれど・・・、
本当は・・・、私こそ、アヌビスの神に、裁かれるべきだったのかもしれない・・・。
これは、せめてもの罪滅ぼし・・・」
(身に着けていたエメラルドの首飾りを外す)
クレオパトラ:「・・・受け取ってちょうだい・・・。貴女が欲しがってた・・・、エメラルドの首飾りよ・・・。
どうか・・・、安らかな眠りを・・・。
私は、貴女が守りたかった、このエジプトを、これからも守っていく・・・。
クレオパトラ:「エメラルドの棺で眠る・・・私の大事な友よ・・・。
そこから、この先のエジプトの未来を・・・、どうか・・・、見守っていてくれ・・・」
長い間
(アレクサンドリアの霊廟に籠り、ローマ軍に包囲される中で死を決意。
外ではローマ軍の勝利を告げる声が響いている。霊廟は静寂に包まれている)
クレオパトラ:「くっ・・・、私も、最早、此処までか・・・。
レティア・・・、あの後、沢山の出来事があった・・・。
カエサルは、暗殺されて・・・、
私は、アントニウスと同盟を組み、彼の愛人になった・・・。
だが・・・、その彼も自殺をし・・・、私も、ローマ軍に包囲されて・・・、
今は・・・、このアレクサンドリアの霊廟に追い込まれて・・・、終わりを迎えようとしている・・・。
ああ、レティア・・・貴女の名を聞いた時、胸の奥が冷たくなった。
カエサルの目が、私に向けていたあの光を、貴女にも注いでいたと知った時・・・、
私は女王でありながら、ただ一人の女になっていた。
私は、エジプトを守るために彼を選んだ。
愛か? それとも策か?
最初は境界があったのに、いつの間にか境目などなくなっていた。
彼の声、彼の眼差し、彼の言葉の力・・・。
それが、私の国をも、私自身をも、包んでしまったの。
だが彼は、ローマを選んだ。
あの広大な帝国と、あの無数の目と、そして・・・貴女を。
私 は玉座を持っていたけれど、彼の心の玉座には、私の居場所はなかったのかもしれない。
レティア・・・、貴女を恨んではいない・・・。
貴女もまた、帝国という男に翻弄された一人の女。
私達は、違う世界の者だった。
けれど、同じ男を信じ、同じ夢を抱き、そして・・・、同じように裏切られたのかもしれない。
私の後悔は、彼に愛を見たこと。
そして、愛の名のもとに祖国を賭けたこと。
策ではない。誇りでもない。
私は、一人の女として、彼を信じてしまった・・・。
ふふっ・・・、もし時が戻るなら、私は再び彼を選ぶだろうか?
・・・いいえ。
だとしても、私はやはり彼を選ぶ。
それが私の愚かさであり、強さだったから・・・。
そんな私も・・・、今は・・・、一人・・・。
でも・・・、最後は・・・、私は、エジプトの女王として、誇りを持って、最後を迎えたい・・・。
ん? 毒蛇か・・・? ・・・外から、入り込んだのか?
それとも、誰か、私を毒殺する為に、果物籠の中にも、忍ばせていたか・・・。
それとも・・・」
レティア:(M)「クレオ様・・・」
クレオパトラ:「はっ・・・!?
そうか・・・、この蛇は・・・、お前の遣いか・・・。
・・・ならば、私は・・・、自らの運命を受け入れよう・・・。
レティア・・・。・・・私も・・・すぐに・・・」
終わり