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相月ノ夢 表紙画像.jpg

相月ノ夢

【あいづきのゆめ】

 


作者:片摩 廣

登場人物

神崎 花音(かんざき かのん)・・・音楽教師 元:時任 陸郎(ときとう りくろう)
                 明るくて活発な性格
                 前世では、冷酷な軍人で、真木 薫と、屋敷で暮らしていた。

 


蒼井 圭人(あおい けいと)・・・司書  元:真木 薫(まき かおる)
                 穏やかな青年。蝉の声の耳鳴り、幻聴に苦しんでいる。
                 前世では、時任の屋敷で、暮らしていた。

時任 陸郎(ときとう りくろう)・・・神崎 花音の前世の姿

 

真木 薫(まき かおる)・・・蒼井 圭人の前世の姿

比率:【2:2】 or 【1:1】

 


上演時間:【60分】

 

オンリーONEシナリオ2526

7月、陰暦の異称、相月をテーマにしたシナリオ


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CAST


【2:2】


神崎 花音:

蒼井 圭人:

時任 陸郎:

真木 薫:

 

【1:1】 


神崎 花音:

蒼井 圭人:

 


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(大正5年 7月30日)

(時任との生活に疲れた真木は、屋敷を出て自分を助けてくれた新兵の元に向かおうとしていた。
 だが、それに怒った時任に追いかけられて、崖に追い詰められてしまう)

真木:「陸郎様・・・。それ以上、私に近付かないでくださいませ・・・」


時任:「何を馬鹿な事を。・・・薫、命令だ。今すぐこっちに来い。貴様は、俺のモノだ!」


真木:「嫌で御座います。・・・私(わたくし)は、陸郎様の事を、もう、お慕い申し上げて居ません」


時任:「そんなに、新兵に恋焦がれているのか・・・。良いだろう・・・。
    満州にでも送って、鉄道警備隊でもさせようか!
    沿線の警備。馬賊、抗日ゲリラ対策、地雷撤去など、きつい仕事を命令してやる。
    そして、二度と貴様とは会えなくしてやろう!」

 


真木:「貴方は、血も涙も無い人で御座いますね・・・。貴方への愛情なんか、もう残って居ませんのに・・・、
    そこまでして、私を傍に置いておきたいのですか・・・?」

 


時任:「自惚れるな。・・・俺が置いておきたいのは、真木家の財力であって、貴様ではない。
    だが、貴様が俺の嫁のままなら、周囲の俺への評価に役立つ。
    これからは、心を入れ替えて、せいぜい俺の為に、全身誠意を持って奉仕するんだ。
    二度と、別の男に惚れないように、躾てやる!!」

 


真木:「・・・私は・・・、もう、貴方の側に居続けるつもりは御座いません!
    これ以上、一歩も近付くと、後悔する事になりますよ・・・」

 


時任:「後悔だと? 貴様・・・、勝手な真似は許さん!」


真木:「一歩、近付きましたね・・・。・・・愚かな人・・・。・・・さようなら・・・」


時任:「待て!!! 逝くな!!! 薫・・・!!!」

 

(現代、夢から覚める神崎)

神崎:「逝くな!!! ・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・。
    目覚め、最悪・・・。・・・それにしても、
    いつもより・・・、変な夢、見たな~・・・。
    昨日、見た大正時代の映画が不味かったか~・・・。
    ・・・折角の休日なのに・・・、はぁ~・・・。
    シャワー浴びたら、気分転換に出かけようと・・・」

 

蒼井:「こんにちは。
    当館の御利用、ありがとう御座います」


神崎:「あ、どうも・・・」


蒼井:「何か、お探しの本が御座いましたら、遠慮せず、仰ってくださいね」

 


神崎:「はい、そうします。
    ふふ・・・、笑顔が爽やか・・・。
    はっ! そんな和んでる場合じゃなかった・・・。
    はぁ~・・・、折角の休日だけど・・・、別に行きたい所も無いから、やっぱり此処に来ちゃうんだよね・・・。
    さてと、来たんだから、資料探しでもしてこう・・・」

 

神崎:「・・・あった、この本と・・・、あ・・・、この本も・・・。
    後、必要な本は・・・、あ~、あんなに高い段に・・・。
    お? 台、見っけ。・・・この台に乗って・・・。
    ・・・あれ? もう少しで、手が届くんだけどな~・・・。ええい・・・、この~・・・! う~ん、もう少しで・・・。
    よしっ! 取れた!!! ・・・えっ!?」

 

蒼井:「あ、危ない!」

 

神崎:「きゃっ!? 
    ・・・。
    ・・・あれ? 私・・・、台から足を滑らせて落ちたはず・・・。・・・なのに、何処も痛くない・・・。
    どうして・・・?」

 


蒼井:「・・・う、う~ん・・・」

 


神崎:「え? ・・・もしかして、私を庇って?
    ねぇ、しっかりして!!! ・・・どうしよう・・・。
    すみません! 誰か、助けてください!!! 司書さんが!!!」

 

蒼井:「う・・・、此処は・・・?」


神崎:「あ、気付いた・・・。ねぇ、大丈夫・・・?」


蒼井:「・・・貴女こそ、怪我はありませんか?」


神崎:「私は、貴方のお陰で、平気・・・。・・・その・・・、危ない真似して、ごめんなさい・・・」


蒼井:「ええ、そうですね・・・。・・・次からは、届かない場所にある場合は、遠慮せず、お声がけくださいね・・・」


神崎:「うん、そうする・・・」


蒼井:「それでは、私は、まだ仕事が残ってるので・・・」


神崎:「ねぇ? 頭とか打ってない? 病院に行かなくても平気?」


蒼井:「大丈夫です。・・・あの、俺の眼鏡・・・、知りませんか?」


神崎:「あ・・・、それが・・・」


蒼井:「どうしました?」


神崎:「私を庇った時に・・・、壊れたみたいなのよね・・・」


蒼井:「・・・困りましたね」


神崎:「あ、安心して!! ちゃんと弁償するから!!
    ・・・ねぇ、仕事は、何時まで?」


蒼井:「午後、5時半までですが・・・」


神崎:「オッケー。・・・じゃあ、図書館の外で待ってる」


蒼井:「え? 今日ですか?」


神崎:「そうだけど・・・、何か用事、あった?」


蒼井:「いえ、特には・・・」


神崎:「じゃあ、決定ね。・・・後でね」

 

蒼井:(N)「彼女は、そう言った後、館内に戻っていった・・・。
         初めて、出会ったっはずなのに・・・。
         何処か懐かしさを感じた・・・。
        その後も、・・・気付くと俺は、館内に居る彼女を、目で追いかけていた・・・」

 


蒼井:(N)「・・・季節は、7月・・・。館内の外からは、蝉の鳴き声が、聴こえてくる・・・。
       俺は・・・、夏が嫌いだ・・・」

 

【タイトルコール】

蒼井:「相月ノ夢」

 


神崎:「・・・ふぅ~・・・、資料の纏めは、こんな物かしら。
    ・・・大正時代・・・、大正浪漫・・・。
    調べれば、調べる程・・・、良いな~・・・」

神崎:(N)「私の名前は、神崎 花音。
        ・・・見ての通り、大正浪漫に憧れを持つ乙女だ。
        あれは、そう・・・。一つの夢からだった・・・。
        幼い頃から、繰り返し見る夢・・・。
        そこで、私は、大正時代を生きていた・・・。
        大きな屋敷に住んでいて、私は・・・、軍人だった・・・。
        私には、婚姻を約束した愛しい女性が居て・・・。
        彼女が、私に、何か一言、言おうとして、目が覚める・・・。
        最初は、その当時・・・、親が嵌っていたドラマの影響だと思っていた。
       でも、大人になってからも、繰り返し見るその夢に・・・、
        気付くと、私は、大正時代、大正浪漫に夢中になっていた・・・」

 

神崎:「・・・もうこんな時間・・・。
    ・・・よし、今日は、この本と、この本、借りて行こう。
    ・・・すみませ~ん!」

神崎:(N)「貸し出しの受付で、いつも通り借りた後、私は、館内を出る。
        ・・・外に出ると、夏の日差しは、容赦なく肌を刺してくる・・・。
        夕方だと言うのに、ずっと外に居ると倒れるくらいだ・・・。
        この図書館は、私のお気に入りだ・・・。
        外には、利用者用に、庭園が併設されている。
        そこに設置されてる、ベンチに腰をかけ、私は、図書館の外観を観る。
        大正時代から、残っている歴史のある建物。
        シンメトリーなデザインも、大正浪漫好きの私からしたら、お気に入りの一つだ。
        ・・・そうやって、時間を潰していると、彼は、やって来た・・・」

 

蒼井:「お待たせしました」

 

神崎:「あ、凄い汗じゃない・・・。良かったら、これ使って」


蒼井:「すみません・・・、お借りします・・・。
    あの・・・暑い中、外で待ってたんですか?」


神崎:「うん、・・・私ね、此処から見る、図書館、好きなんだ。
    大正時代・・・、大正浪漫・・・。
    最高よね~」

 


蒼井:「シンメトリーな建物だから、分かる気がします。
    大正浪漫、良いですよね。
    此処は、大正時代から、残っている歴史のある建物で・・・、
    確か、館内は、何度か直したみたいですが、
    外観は、ほとんど当時のままみたいです。
    ・・・図書館の利用者も、よく写真を撮られてますよ」

 


神崎:「え? 撮影して良いの?」


蒼井:「あ、はい・・・。」


神崎:「ええええ、良いな~・・・。私、てっきり、撮影したら駄目なのかなと思って、今まで我慢してたのに・・・」


蒼井:「あの・・・、良ければ、撮りましょうか?」


神崎:「え!? 良いの!? ・・・じゃあ、お願いしようかな・・・。はい、これ、私のスマホ。
    ・・・嘘・・・、夢みたい・・・」


蒼井:「・・・はい、じゃあ、撮りますよ・・・。
    ・・・えっと、こんな感じですが、どうですか?」


神崎:「うん、バッチリ! ありがとう、宝物にするね」


蒼井:「宝物・・・」


神崎:「ん? どうかした?」


蒼井:「いえ、別に・・・。・・・そろそろ行きましょうか?」


神崎:「そうね、お店は、此処から遠いの?」


蒼井:「いえ、そこまで遠くは」


神崎:「そう、それなら良かった。・・・あっちに車、停めてるから待ってて頂戴」


蒼井:「分かりました・・・」

 

(蝉の鳴き声)

 


蒼井:「・・・蝉の鳴き声・・・。・・・くっ・・・、頭に響く・・・」

 

 


(蝉の鳴き声)

(大正5年、7月上旬)

(時任 陸郎の御屋敷)

 

真木:「初めまして・・・。・・・真木 薫と申します・・・」


時任:「ほう・・・。貴様が、真木家の娘か・・・。
    容姿は合格だな・・・。俺の嫁として相応しい」


真木:「陸郎様・・・。今日から、宜しくお願い致します・・・」


時任:「声が震えているな。・・・そんなに俺が怖いか?」


真木:「滅相もございません」


時任:「はっ、嘘も甚だしい。・・・貴様が今、考えている事を当ててやろう。
    どうして私が、こんな冷酷な軍人の嫁に嫁がなければならないのか・・・だろう?」


真木:「はい・・・、その通りで御座います・・・」


時任:「あっはははは!!! 気に入った!!!
    俺の嫁なら、それくらい強気で無くては、務まらないからな!!
    良いか!? 逃げようなんて考えは、一刻も早く捨てるんだ・・・!!」


真木:「くっ・・・」

 

時任:「恨むなら、父親を恨むんだな・・・。俺に、命を救われ、恩を作ったんだ・・・。
    ・・・救った時に、この醜い目の傷跡が出来たが・・・、
    そのお陰で、貴様の父親から、莫大な資金と、貴様を貰うことが出来た!!! 今では感謝をしている!!!」

 


真木:「貴方様が・・・、此処まで冷酷で、鬼人のような御方だと知りさえすれば、
    父も、私を、助けに来てくれるはずです!!!」


時任:「甘いな・・・。・・・貴様の父親は、私の性格も、把握しているさ」


真木:「は? そんなはずは御座いません。・・・だって知っていたのなら、それは・・・」


時任:「貴様の考えてる通り・・・、俺に対する貢物だ。
    そう・・・、貴様は、実の父親に騙されたのさ!!!
    俺の事が、相当、怖いんだろうな・・・。
    苦労して、育てた可愛い実の娘を、差し出すなんてな!!!」

 

(失意でその場に崩れる真木)

 


真木:「そんな・・・。・・・う・・・、うううう・・・」


時任:「泣いても、貴様の運命は、もう変わらないんだ。早く、現実を受け止めろ。
    ・・・安心しろ。・・・不自由はさせない。
    貴様が、俺を裏切ろうとしない限りはな・・・。あっははははははは!!!!」

 

(屋敷の外に笑いながら、出て行く時任)

(屋敷の扉が閉まるのを、赤い絨毯の敷いてある広いロビーで見つめる真木)

真木:「どうしてなのです、お父様・・・。・・・私は・・・、私は・・・!
    あああああ、気が狂いそう・・・。
    あの方の、笑い声と・・・、蝉の鳴き声が、耳から離れない・・・。
    ・・・夏なんて・・・、大嫌い・・・!」

 

(蝉の鳴き声)

(現代)

 


蒼井:「くっ・・・、早く鳴り止め・・・。・・・頭が割れそうだ・・・」


神崎:「ねぇ、大丈夫? ねぇ!!!」


蒼井:「え・・・?」


神崎:「頭抱えて、どうしたの? もしかして、さっき倒れた時の影響で、頭痛?」


蒼井:「頭痛・・・? ・・・あぁ・・・、心配させてすみません・・・。
    これは、昔からの持病なので、気にしないでください・・・。
    少し、休めば・・・、楽になります・・・」


神崎:「持病・・・?」


蒼井:「ええ・・・。小さい頃に、発症して以来、悩んでますよ。
    医者は、精神的疲労から来るものと診断しました・・・」


神崎:「原因は・・・?」

 


蒼井:「・・・ちょうど夏の頃でした・・・。
    蝉の鳴き声が、いつもより、耳に残る気がして、
    始めは、気のせいかなと思ってました。
    でも、次第に、家に居る時も、蝉が居ないはずなのに・・・、蝉の鳴き声が聞こえて来て、
    次第に可笑しくなっていきました・・・。
    心配した親は、医者に連れて行き・・・、それ以来、夏の時期になると、
    未だに、耳鳴りと頭痛に襲われるようになった・・・。以上です・・・」

 


神崎:「蝉の鳴き声・・・」


蒼井:「どうかしました?」


神崎:「ううん・・・。何でもない・・・。
    そっか・・・、じゃあ、今の時期は大変だよね・・・」


蒼井:「そうですが、もう半分、諦めてますよ」


神崎:「え?」


蒼井:「医者も、精神的疲労が原因とだけで、それ以上は原因不明ですから・・・」


神崎:「・・・」


蒼井:「もう頭痛も、治まりました。店に向かいましょう」

 

神崎:(N)「彼は、そう言い終わると、私の車に乗り込んだ。
       その後も、他愛のない話を繰り返してる内に、店に到着をして、
       彼が、新しい眼鏡を作ってもらってる間も・・・、私は、さっきの彼の発言が気になっていた・・・」

蒼井:「お待たせしました。
    今、混んでるみたいで・・・出来上がりまで、1時間くらいかかるそうです」


神崎:「そう・・・。それじゃあ、どこか時間、潰せる場所、探さないと・・・」


蒼井:「それなら、すぐ近くにレトロ喫茶があるんですが、そこに行きますか?」


神崎:「良いじゃない。そこに決定。案内して頂戴」


蒼井:「はい」

 


 


蒼井:「あ、着きました。・・・このお店です」


神崎:「へぇ~・・・外観、良い感じ~・・・」


蒼井:「はは、気に入ると思いました。
    ・・・此処、大正時代からの建物を、利用してるんですよ。
    内装も、気に入って貰えると思います」

 


神崎:「楽しみにね」

 


 


(喫茶店のドアを開いて入る二人)

 

蒼井:「すみません、二人です」


神崎:「内装も、お洒落・・・」


蒼井:「俺も、お気に入りです。・・・さっ、こっちです」


神崎:「うん」


蒼井:「・・・この席にしましょうか?」


神崎:「え? テラス席?」


蒼井:「今日は、晴れてますから、テラス席だと、月が綺麗に見えますよ」


神崎:「ロマンチックね。分かった、此処で良いよ」


蒼井:「さ、どうぞ、座ってください」


神崎:「え? ありがとう・・・」


蒼井:「・・・ふ~、夜風が気持ちいいですね~」


神崎:「貴方の言う通り・・・、月も綺麗ね・・・」

 


蒼井:「気に入って貰えて、良かったです。
    あ、そういえば、自己紹介がまだでしたね・・・。
    俺は、蒼井 圭人です。・・・御存じの通り、あの図書館で司書として働いてます。
    宜しくお願いします・・・」

 


神崎:「あ、ご丁寧にどうも・・・。
    私は、神崎 花音。・・・職業は、これでも、教師よ」


蒼井:「教師ですか。・・・凄いですね」


神崎:「ちょっと、その微妙な間はなによ! ・・・あ、もしかして教師には見えないと思った?」


蒼井:「いいえ、誤解しないでください! その・・・、教師といっても、どの教師かなと気になって・・・」


神崎:「あ、それもそうよね。・・・音楽教師よ」


蒼井:「なるほど!」


神崎:「え? いきなりどうしたの!?」


蒼井:「いや、すみません・・・。
    神崎さん、言われてみたら、いつも音楽関連のコーナーで、本を探してるなと思い出しまして」


神崎:「あ、確かに・・・。・・・もう、これは職業病かな・・・。はっはははは・・・」


蒼井:「あ、そろそろ注文しましょうか?」


神崎:「そうね、メニューは・・・、へ~、このタブレットで選択、出来るのね~」


蒼井:「便利な時代ですよね。・・・まぁ、昔ながらの紙媒体のメニューの方が好きなんですけど・・・」


神崎:「流石、司書ね。・・・あ、私、このパンケーキと、アイスコーヒーにしようかな~」


蒼井:「じゃあ俺は・・・、このカステラと、アイスコーヒーにします」


神崎:「カステラ・・・」


蒼井:「もしかして、カステラも食べたいですか?」


神崎:「あ、うん・・・。・・・何か、気になったの・・・。何故だろう・・・」


蒼井:「はは、そういえば、甘い物、好きでしたよね」


神崎:「え? 今、何て?」


蒼井:「あ・・・、今、変な事、言いましたね・・・」


神崎:「うん・・・。いきなり、驚いたよ・・・。
    あ、分かった。・・・この暑さのせいだよ、きっと!」


蒼井:「それもそうですね・・・。・・・気を取り直して、注文しましょう!」


神崎:「ええ・・・!」


神崎:(N)「私は、そう彼に返事をした後、空を見上げた。
        ・・・月を見ると、何故か、懐かしく思える・・・。
        そう・・・、まるで、こんな瞬間を、何度も経験したような懐かしい気持ちに・・・」

 

(大正5年、7月中旬) 

(時任の屋敷、バルコニーに設置されてるテーブルと椅子に座って月を眺めている真木)

(蝉の鳴き声)

 

時任:「こんな所に居たのか、薫・・・」


真木:「お帰りなさいませ・・・」


時任:「ふっ、今夜は満月か。
    どうした? 月を見上げて、かぐや姫にでもなった気か?
    幾ら待っても、月からのお迎えは、来ないぞ」


真木:「そんな事、分かっております・・・。ただ、見上げていたのです。・・・悪いですか?」

 


時任:「貴様は、俺の嫁なんだ。
    お勤めから帰ってきた旦那様を、玄関先で、笑顔で出迎えるのも仕事だろう?
    それなのに、俺の顏も見ないで、背中越しに、お帰りなさいませだと・・・?
    はぁ~・・・・。
    そんな簡単なことさえ、貴様は、満足にも出来ないのか?」


真木:「・・・それでしたら、言わせていただきます・・・。
    陸郎様と婚約してから、私(わたくし)は、一度も、この屋敷から外出を許可されておりません・・・!
    私は・・・、まるで、籠の中の鳥になった気分で御座います・・・」

 

時任:「外に出たいと言うのか? 貴様は、たった1週間も、我慢する事が出来ないのか!?
    全く・・・、嘆かわしい・・・。
    貴様の為を思い・・・、こんな物・・・、買ってきたというのに・・・」

 

真木:「それは・・・、何で御座います?」


時任:「カステラだ」


真木:「カステラ・・・。私の為にですか?」


時任:「そうだと言ってるだろう!」


真木:「・・・」


時任:「ふん! 気に入らないのか? だったら、こんな物、捨ててしまうまでだ・・・!」


真木:「お待ちください!!」


時任:「何だ!?」


真木:「捨てるのは、およしくださいませ・・・」


時任:「欲しいのなら、初めから素直に、そう言えば良いんだ!」


真木:「ありがとう御座います・・・」


時任:「礼は必要ない・・・」


真木:「あの・・・」


時任:「何だ?」


真木:「私は、お茶の準備をして参ります。・・・一緒に此処で、食べませんか?」


時任:「・・・」


真木:「・・・」


時任:「良いだろう・・・。此処で待ってる」

 

真木:(N)「暫しの沈黙の後、陸郎様は、そう答えると、月を見上げていた。
         軍服を着こなす端麗な容姿は・・・、月明かりに照らされて、格好良く見えた・・・」

時任:「ん? 俺の顏を黙って見つめて、どうかしたか?」


真木:「いえ・・・、何でも御座いません。・・・用意して参ります」


時任:「頼む」

 


 


真木:「お待たせ致しました・・・。お茶と、カステラです・・・」


時任:「貰うとしよう」


真木:「・・・」


時任:「ん? 貴様は、食べないのか?」


真木:「いえ・・・、その・・・」


時任:「あ、すまない・・・。
    ・・・(咳)
    お、・・・お前も、一緒に食べてくれたら、嬉しいのだが・・・」


真木:「え? 今、何と・・・」


時任:「一緒に食べて欲しいんだ・・・! あ、いや・・・、食べてくれないか?」


真木:「分かりました・・・。・・・美味しい・・・」


時任:「気に入ったようだな。遠慮せず、どんどん食べろ」


真木:「はい。・・・その・・・、こうして向かい合わせで、一緒に食べるのは、初めてで御座いますね」


時任:「そうだな・・・」


真木:「陸郎様さえ、良ければ、これからも、一緒に食べれたら・・・」


時任:「考えておく」


真木:「・・・カステラ、美味しかったです・・・」


時任:「もう、良いのか?」


真木:「はい・・・。久しぶりに甘味が召し上がれて、嬉しかったです」


時任:「そうか・・・。また買ってきてやる」


真木:「ありがとう御座います・・・」


時任:「幾ら夏とはいえ、長い間、バルコニーに居ては風邪を引く・・・。
    き・・・、お前も、早く寝室に戻れ」


真木:「はい、そうさせていただきます。お気遣い、ありがとうございます・・・」


時任:「俺の嫁なんだから当然だ・・・」

 


 


真木:(N)「バルコニーの出来事から一週間が経過した。
        あの夜から、陸郎様は、時々、一緒に食事をしてくれるようになった。
        毎日ではなかったが、私は、少なからず、幸せを感じ始めた。
        願うなら、このまま・・・」

(現代 喫茶店のバルコニー)

神崎:「・・・」


蒼井:「ずっと眺めたくなる月ですね」


神崎:「え!? ・・・嫌だ。・・・もしかして私・・・?」


蒼井:「ええ。・・・声をかけようか迷いました。
    ・・・何か月に思い入れがあるんですか?」


神崎:「ううん・・・。何も無い。
    ただね・・・、何か、眺めていたくなったの・・・。何でだろう・・・」


蒼井:「こんなに、綺麗な満月なんです。・・・気持ち、分かりますよ。
    あ・・・、相月ですね」


神崎:「相月? それは月の名称?」


蒼井:「いえ、陰暦7月の異称です」


神崎:「流石、図書館の司書、物知りね。でも、7月の異称と、今日の月・・・、何か関係あるの?」


蒼井:「あ、いや・・・、神崎さんと・・・、一緒に見てるから、ふと浮かんだんです・・・」


神崎:「・・・あ、分かった! 相手と一緒に見てるからね?」


蒼井:「まぁ・・・、そんなところです・・・」


神崎:「へぇ~、ロマンチックじゃない・・・。
    あっ、頼んだ物、来たよ」


蒼井:「ありがとうございます。・・・はい、頼んだ物は間違いないです。
    ・・・さぁ、神崎さん、食べましょう」


神崎:「そうね。・・・。・・・う~ん、パンケーキにして正解~。美味しい~!」


蒼井:「口にあって良かったです。・・・うん、相変わらず、このお店のカステラ、美味しい」


神崎:「ねぇ、お願いがあるんだけど」


蒼井:「分かってますよ。・・・はい、どうぞ」


神崎:「ありがとう! それじゃあ、お言葉に甘えて。
    ・・・う~ん、カステラも、美味しい~!」


蒼井:「神崎さん・・・、美味しそうに食べますね」


神崎:「そりゃあ勿論よ~。

    こんなに素敵な場所で、美味しいスイーツが食べられるなんて、幸せ過ぎて、どうにかなっちゃいそう!」


蒼井:「これも何かの縁です。また一緒に、来ませんか?」


神崎:「え?」


蒼井:「あ、すみません・・・。流石に急すぎますよね!?」


神崎:「あ、うん。別に構わないけど」


蒼井:「本当ですか? ありがとうございます」


神崎:「蒼井さん・・・何だか可愛い」


蒼井:「え? 可愛い」


神崎:「うん。・・・それにこんな喫茶店も知ってるなんて、女子力、高いよね~」


蒼井:「そうなんですかね・・・」


神崎:「そうよ。私が男だったら、デートに誘ってるよ~」


蒼井:「デートですか!? それは流石に・・・」


神崎:「あ、ごめん・・・。私ったら、何て事、言ってるんだろう・・・」


蒼井:「あ、いや・・・。それは、俺の役目かなと・・・」


神崎:「ん? それって・・・」


蒼井:「・・・神崎さん。・・・俺と付き合ってくれませんか?」


神崎:「え? ・・・ええええええええ!」


蒼井:「神崎さん、声が大きいです・・・」


神崎:「あぁ、ごめん・・。余りにも突然で、驚いた・・・」


蒼井:「それも、そうですよね・・・。すみません・・・」


神崎:「あぁ・・・、謝らないで良いよ。嫌じゃないから」


蒼井:「え?」


神崎:「その・・・、なんだ・・・。まずは、デート、楽しもう。ねっ!」


蒼井:「あ・・・、はい!」

 

 


神崎:「新しい眼鏡、どう?」


蒼井:「問題ないです」


神崎:「そう、良かった。・・・ねぇ、帰りは、どうするの?」


蒼井:「バイク、置いてあるから、図書館まで戻ります」


神崎:「送って行こうか?」


蒼井:「いいえ、大丈夫です。少し、夜風に当たって帰りたいので」


神崎:「分かった、気を付けて帰ってね」

 

蒼井:「はい」

 


 


神崎:「もう少し、一緒に居たかったのにな~。まっいっか! また会えるもんね!」

 


 


蒼井:「よし・・・、緊張したけど、告白出来た・・・」

 


 


神崎:(N)「それから数日後・・・。私達は、初めてのデートをした」

 

蒼井:「お待たせ」


神崎:「ううん・・・、私も今、来たところ」


蒼井:「神崎さん・・・、何処か行きたい所、ある?」


神崎:「・・・じゃあ、私の我儘、聞いてもらおうかな~」


蒼井:「え?」

 

 


神崎:「やっぱり静かで落ち着く。・・・図書館みたい。来てよかったね」


蒼井:「うん、俺達、お互い、静かな職場だから、ちょうど良い場所だね」


神崎:「うん・・・、それもあるけど・・・」


蒼井:「どうかした?」


神崎:「水族館なら・・・、圭人も、蝉の鳴き声も聴こえなくて、良いかな~と」


蒼井:「・・・俺の為に?」


神崎:「うん・・・」


蒼井:「ん!! ・・・ありがとう。・・・嬉しいよ・・・」


神崎:「え? 何で、顔背けて言うの?」


蒼井:「まぁ・・・、その・・・」


神崎:「ちゃんと、こっち向いて、言ってよ!」


蒼井:「あっ! う~ん・・・」


神崎:「ははは、やだ、顔が真っ赤!」


蒼井:「仕方ないだろう! さっきの花音、余りに可愛かったからさ・・・」


神崎:「可愛い・・・!?」


蒼井:「あぁ、可愛い」


神崎:「・・・!! ・・・さっ、次のコーナー、見に行こう! ねぇ、あっちは、海月が見れるみたいよ~!」


蒼井:「ねぇ、待って。花音こそ、どうして、顔背けるの? こっち向いてよ~」


神崎:「や~だ! あはははは!!!」

 

 


蒼井:「はぁ~、追いついた~。花音、足が速いね~」


神崎:「ねぇ、見て。・・・綺麗・・・」


蒼井:「えっと、それはミズクラゲだね」


神崎:「ずっと眺めたくなるから不思議~・・・」


蒼井:「あぁ、そうだね~・・・」(神崎の手を握る)


神崎:「え? 圭人・・・?」


蒼井:「こんな幻想的な場所・・・、花音と恋人繋ぎ、したくなるに決まってるでしょ」


神崎:「・・・うん」


蒼井:「こうしてると、何だか、花音とは、ずっと前から、一緒に居た気がしてくるよ」


神崎:「あのね・・・、私も、そんな気がする・・・」


蒼井:「え? いつから?」


神崎:「喫茶店で、一緒に同じ月を見てから」


蒼井:「・・・俺達、運命の相手なのかもね」


神崎:「そうだったら、嬉しいな」

 

神崎:(N)「圭人の言う通り、何だか懐かしくも不思議な感覚だった・・・。
        私達は・・・本当に、運命の相手なの・・・?」

 

蒼井:「あ、もうすぐ、アシカのショーの時間だね。・・・折角、来たから、見に行く?」


神崎:「アシカ、見てみたい!! さっ、行きましょう!!」(腕を引っ張る)


蒼井:「え・・・?」


神崎:「え、じゃなくて、ほら~、早く行こうよ~!!」


蒼井:「嫌だ・・・。俺の腕、引っ張らないで・・・!!」


神崎:「ねぇ、いきなりどうしたって言うの? 圭人!?」


蒼井:「止めて・・・。嫌だ・・・、嫌なんだ・・・。・・・」

 

神崎:「圭人・・・」

 


(大正5年 7月中旬)

(時任の御屋敷)

(蝉の鳴き声)

時任:「薫・・・、・・・薫・・・。何処に居る? 一体、何処に行ったんだ・・・」


真木:「ただいま、戻りました・・・」


時任:「薫・・・!!」 


真木:「・・・!? ・・・陸郎様・・・。そんなに慌てて、どうかされたのですか?」


時任:「なんだと!? 良いから、ちょっとこっちに来い!!」


真木:「嫌・・・、痛い・・・!! 陸郎様・・・、腕を離してくださいませ!!!」


時任:「ふん・・・!!」(腕を離す)


真木:「きゃ!! ・・・何をなさるのですか?」


時任:「今まで、何処で何をしていた!! ん・・・? その足の怪我は、どうした・・・?」


真木:「陸郎様の為に、カステラを買いに行ってたんです・・・。
    これは・・・、その途中・・・、転んでしまって・・・」


時任:「誰に、手当して貰ったんだ・・・?」


真木:「え?」


時任:「え? じゃない。・・・この怪我は、誰に手当して貰ったんだ?」


真木:「・・・。私が、自分で手当したまでです・・・」


時任:「返答までに、間があった。・・・嘘を付くな・・・!!」


真木:「・・・」


時任:「さては、男か!? ・・・一体、何処の男だ! 答えろ!!」


真木:「・・・親切な新兵の方に・・・」


時任:「新兵だと!? 何処の所属だ!? 名前は聞いたのか!?」


真木:「いいえ・・・。手当した後、彼は、去りました・・・」


時任:「それは、本当だろうな?」


真木:「はい・・・」


時任:「良いだろう・・・。・・・信じてやろう・・・。だが、覚えておけ。
    今後、外出をする時は、女中に必ず伝えるんだ・・・。分かったな!?」


真木:「分かりました・・・」

 

真木:(N)「・・・陸郎様の嫉妬は常軌を逸していた・・・。
       女中に出かけると伝える度に・・・、
       気付くと、陸郎様の部下が・・・、私を見張るようになった・・・。
       そんな日々が、続いていく内に・・・、私は、ある決心をした・・・」

 

(大正5年 7月30日)

(時任の御屋敷)

 


真木:「・・・ただいま、戻りました・・・」


時任:「こんな遅くまで、何処に居た・・・?」


真木:「はぁ~・・・。
    陸郎様・・・、もう嘘は止めに致しましょう。・・・何処に居たかは、既に御存じなのでしょう・・・?」


時任:「何だと?」


真木:「・・・貴方は、女中から、私の行き先を聞いた後・・・、部下に命じて、見張らせていた事を・・・、
    まさか、私が気付いてないとでも思いましたか?」


時任:「・・・」


真木:「常に、貴方の部下に、見られている恐怖・・・、もう・・・、沢山で御座います・・・。
    陸郎様・・・。・・・私は決心致しました・・・」


時任:「何をだ?」


真木:「・・・この御屋敷を出て・・・、私は、助けてくださった新兵さんの元に行きます・・・。
    彼も・・・、私の事・・・、受け入れて下さいました」


時任:「ふざけるな・・・。俺は断じて認めん!!」


真木:「貴方様に、認められなくとも、結構です!! さようなら!!」


時任:「薫!! 待て!! 勝手な真似は許さん!!!」

 

 


(時任との生活に疲れた真木は、屋敷を出て自分を助けてくれた新兵の元に向かおうとしていた。
 だが、それに怒った時任に追いかけられて、崖に追い詰められてしまう)

真木:「陸郎様・・・。それ以上、私に近付かないでくださいませ・・・」


時任:「何を馬鹿な事を。・・・薫、命令だ。今すぐこっちに来い。貴様は、俺のモノだ!」


真木:「嫌で御座います。・・・私(わたくし)は、陸郎様の事を、もう、お慕い申し上げて居ません」


時任:「そんなに、新兵に恋焦がれているのか・・・。良いだろう・・・。
    満州にでも送って、鉄道警備隊でもさせようか!
    沿線の警備。馬賊、抗日ゲリラ対策、地雷撤去など、きつい仕事を命令してやる。
    そして、二度と貴様とは会えなくしてやろう!」


真木:「貴方は、血も涙も無い人で御座いますね・・・。貴方への愛情なんか、もう残って居ませんのに・・・、
    そこまでして、私を傍に置いておきたいのですか・・・?」


時任:「自惚れるな。・・・俺が置いておきたいのは、真木家の財力であって、貴様ではない。
    だが、貴様が俺の嫁のままなら、周囲の俺への評価に役立つ。
    これからは、心を入れ替えて、せいぜい俺の為に、全身誠意を持って奉仕するんだ。
    二度と、別の男に惚れないように、躾てやる!!」


真木:「・・・私は・・・、もう、貴方の側に居続けるつもりは御座いません!
    これ以上、一歩も近付くと、後悔する事になりますよ・・・」


時任:「後悔だと? 貴様・・・、勝手な真似は許さん!」


真木:「一歩、近付きましたね・・・。・・・愚かな人・・・。・・・さようなら・・・」


時任:「待て!!! 逝くな!!! 薫・・・!!!」

 

 


(現代 水族館)

 

神崎:「圭人、ねぇ、しっかりして!!」


蒼井:「あ・・・、ああああ・・・、うあああああああ!!!!」


神崎:「圭人!! どうしたのよ!?」


蒼井:「・・・陸郎さ・・・ま・・・」(気を失う)


神崎:「圭人!!! ・・・大変、どうしよう・・・。ねぇ!! 誰か、居ない? 救急車!!」

 

 


神崎:(N)「・・・圭人は、その後、病院に運ばれたけど、
       気絶した原因が、医者にも分からず・・・、入院する事になった。
       あれから、1週間が経過したが、圭人は目覚めなかった・・・」

 

(病院の病室)

 


蒼井:「・・・」


神崎:「圭人・・・。お願い・・・。目を開けて・・・。・・・どうしてこんな事になったの・・・。
    ・・・そういえば・・・、圭人が気絶する前に、呟いた名前・・・、聞き覚えが・・・。
    何処で聞いたんだろう・・・。・・・確か・・・」


蒼井:「り、陸郎さ・・・ま・・・」


神崎:「圭人! 目を覚ましたの? ねぇ、圭人、目を開けて!! 開けてよ・・・」


蒼井:「・・・」


神崎:「・・・。・・・駄目だ。泣いてる場合じゃない。
    ・・・思い出せ・・・。思い出すのよ・・・。
    ・・・そうだ、小さい頃から見る夢に出て来た名前だ・・・。
    ・・・やっぱり、私達は、何か運命で繋がってる・・・!!
    待ってて、圭人。・・・私が、貴方を・・・、必ず、目覚めさせる!!」

 

神崎:(N)「私は、病院を後にすると、急いで図書館に向かった。
       私と圭人が出会った場所・・・。
       もし、私の考えが合ってるとするなら、必ず何か手がかりがあるはず・・・」

 

 


(図書館)

神崎:「陸郎・・・。・・・確か、夢の中では、相手が居て、薫と呼ばれていた・・・。
    あ~、でも、それだけじゃ、分からない・・・。
    何か、もっと無いの・・・。思い出せ・・・、思い出せ・・・」

 

(回想)

 


神崎:「うん、・・・私ね、此処から見る、図書館、好きなんだ。
    大正時代・・・、大正浪漫・・・。
    最高よね~」

 

蒼井:「シンメトリーな建物だから、分かる気がします。
    大正浪漫、良いですよね。
    此処は、大正時代から、残っている歴史のある建物で・・・、
    確か、館内は、何度か直したみたいですが、
    外観は、ほとんど当時のままみたいです。
    ・・・図書館の利用者も、よく写真を撮られてますよ」

 

(回想、終了)

 

神崎:「そうよ! この図書館は、大正時代からの建物・・・。
    館内は何度か直してるみたいだけど・・・、外観は、当時のままなら、
    当時の新聞の記事に、残ってるかも知れない・・・。
    ・・・確か、新聞の記事は・・・、此処のパソコン端末から・・・。
    ・・・大正時代・・・、図書館・・・。
    沢山、出て来たけど・・・。・・・負けないんだから・・・。
    ・・・う~ん・・・。此処も違う・・・。
    ・・・あ・・・、待って・・・、今の建物・・・!
    似てる気がする・・・。・・・そうだ、間違いない・・・。この建物だ!
    えっと、時任邸、炎上事件・・・。
    え!? 炎上!? 一体、何があったの・・・?
    大正5年、7月30日・・・、午前3時・・・、軍人、時任 陸郎の屋敷にて、
    火事が発生した。・・・原因は不明。
    ・・・そんな・・・。・・・あ、頭が割れるように痛い・・・。
    あ・・・、あああああああああ!!!」

 


 


神崎:「・・・そうだ・・・、私は・・・、あの時・・・」

 

 


(大正5年 7月30日)

真木:「一歩、近付きましたね・・・。・・・愚かな人・・・。・・・さようなら・・・」


時任:「待て!!! 逝くな!!! 薫・・・!!!」


真木:「・・・陸郎様・・・、離してくださいませ・・・!! お願いです!! 死なせてください!!」


時任:「馬鹿を言うな!! そんな勝手な真似、絶対にさせない!!
    例え・・・、俺の事が、嫌いになったとしても・・・、お前は、俺の大事な人だ・・・!!」


真木:「陸郎様・・・」


時任:「待ってろ!! 今、引き上げる・・・!!」


真木:「・・・」


時任:「はぁ、はぁ、はぁ・・・。・・・何処も怪我はしてないか?」


真木:「はい・・・」


時任:「それなら・・・、よ、良かった・・・」


真木:「陸郎様・・・。しっかりしてくださいませ!! ・・・陸郎様・・・!!」

 

真木:(N)「陸郎様は、その夜・・・。高熱を出した。
       私は・・・、とんでもない過ちを侵したのかもしれない・・・。
       屋敷に戻った後・・・、陸郎様の側で、看病をしていたら・・・、
       いつの間にか・・・、眠っていた・・・。
       どれくらい眠ってたのだろう・・・。息苦しさに目を覚ますと、
       屋敷は、炎に包まれ始めていた・・・」

 

真木:「ごほっごほっ・・・。・・・眠っている間に一体、何が・・・」


時任:「・・・敵の報復だろう・・・。・・・くそっ・・・、俺の屋敷に火を付けるとは・・・。
    すまない・・・、お前まで、巻き込んでしまった・・・」


真木:「そんな事は良いんです!! 早く逃げましょう!!」


時任:「そうしたいのだが・・・、体が言う事を効かない・・・。とても屋敷から出られそうにも無い・・・」


真木:「そんな・・・。・・・今、誰か呼んで参ります・・・!!」


時任:「駄目だ・・・!! それじゃあ、脱出に間に合わなくなる・・・。俺の事は良いから、早く逃げるんだ・・・」


真木:「そんな事、仰らないで!! さぁ、私の肩に掴まって・・・」


時任:「良いから早く逃げるんだ!!」


真木:「きゃっ!! ・・・陸郎様・・・!」


時任:「良いか!! 必ず生き延びて・・・、新兵と幸せになってくれ・・・」


真木:「う・・・、ううううう!!!!」 (部屋から走りだす)


時任:「そうだ・・・、それで良い・・・。・・・薫・・・。・・・すまなかった・・・」

 


 


時任:「ごほっ・・・、ごほっ・・・、火の勢いが増して来たな・・・。
    ・・・俺も、どうやら、これまでのようだ・・・。
    ・・・あぁ・・・、最後に・・・、薫と・・・一緒に・・・、あのカステラが、食べたかった・・・」


真木:「・・・奇遇で御座いますね。・・・私も、そう思い・・・、持って来ました・・・」


時任:「薫・・・!? ごほっ・・・、ごほっ・・・、・・・どうして戻って来た・・・。今からでも遅くない! 早く逃げろ!!」


真木:「嫌です・・・! ごほっ・・・、私は・・・、もう二度と・・・、陸郎様の傍を離れません・・・」


時任:「愚か者が・・・」


真木:「愚か者でも良いんです・・・。貴方と一緒に、この美味しいカステラが食べられるなら・・・」


時任:「・・・随分と、このカステラは、塩分が強いな・・・。・・・今度、店主に文句を言いにいかねばな・・・」


真木:「ええ、そうですね・・・。共に参りましょう・・・。・・・陸郎様・・・」

 

 


(現代 図書館の資料コーナー)

神崎:「・・・私は、・・・燃える部屋の中・・・、薫と一緒に、カステラを食べて、死んだ・・・。
    ・・・私に、記憶が戻ったのなら・・・、あの時・・・、圭人にも・・・戻ったのね!
    だから・・・、陸郎さ・・・ま・・・と。
    こうして居られない・・・。急がないと・・・」

 

神崎:(N)「私は急いで、病院に向かった・・・」

 

 


(病院の病室)

(病室のドアを開ける神崎)

蒼井:「・・・」


神崎:「はぁ、はぁ、はぁ・・・。・・・圭人・・・。・・・お願い・・・。目を覚まして・・・。
    ・・・私も思い出したよ・・・。・・・私と貴方は・・・、前世から一緒だった・・・。
    ・・・もう一度・・・、一緒に・・・、カステラ・・・、食べよう・・・よ・・・。
    ・・・う・・・、ううううう・・・」(段々、涙が溢れてくる)

 


 


時任:「・・・薫・・・。その男の中で・・・聞いているだろう・・・?
    俺の声が聴こえてるなら・・・、姿を見せてくれ・・・」


真木:「・・・その声は・・・、陸郎様で御座いますか・・・?」


時任:「・・・もう一度、お前の姿が見たかった・・・」


真木:「私もです・・・。陸郎様・・・」


時任:「薫・・・。もう二度と・・・、側を離れないからな・・・」


真木:「ええ・・・」


蒼井:「・・・貴方方は・・・、もしかして・・・?」


真木:「私達の姿が見えるのね・・・」


蒼井:「はい・・・、見えます・・・」


真木:「私は、真木 薫。・・・もう、貴方も気付いてるのでしょう?
    貴方の前世の姿よ・・・」


蒼井:「ええ・・・。前世の記憶が戻った後・・・、意識を失いました。
    それからは、貴方方の過去を、ずっと見てました・・・。
    ・・・貴方が、花音の・・・」


時任:「俺は、時任 陸郎。・・・お前の言う通り、その女、神崎 花音の前世の姿だ」


蒼井:「そうですか・・・。・・・貴方方が見えると言う事は・・・、俺は・・・」


時任:「安心しろ。お前は、死んでは居ない。
    だが、前世の記憶が、余りにも衝撃的だったからだろう・・・。
    今は、体から、意識が抜けてしまってるんだ・・・」


蒼井:「・・・余りにも衝撃的でした・・・。・・・あの時、一気に記憶が流れ混んできて・・・」


真木:「無理も無いわね・・・」


神崎:「ねぇ、圭人、見てよ。あの喫茶店のカステラ、テイクアウトしたんだよ・・・。
    早く起きないと、私が、全部、食べちゃうんだからね・・・!!」


蒼井:「・・・花音・・・。
    くそっ・・・。体に戻れ・・・、戻れよ・・・! ちくしょう・・・!!!!」


真木:「圭人・・・」


時任:「薫・・・、今はそっとしておいてやれ」


真木:「ですが・・・!!」


時任:「今の俺達には、どうする事も出来ないんだ!!」


真木:「・・・分かりました・・・」


神崎:「・・・圭人、ごめん・・・。また明日、来るね・・・。
    明日は・・・、笑顔で・・・、出迎えてよ・・・ね・・・」

 

(病室から出て行く神崎)

 


 


時任:「・・・少しは、落ち着いたか?」


蒼井:「俺は・・・、
    このまま・・・、愛した女性に、笑顔で出迎えたり・・・、
    頭を撫でたり・・・、抱きしめたりも・・・、出来ないのかもしれない・・・」


真木:「気をしっかり持ってくださいませ! それでも、私の未来の姿ですか!!」


時任:「薫・・・」


真木:「良いですか、よくお聞きなさい。・・・貴方方は、輪廻転生して、再び巡り合えたのです・・・。
    必ずしも、人に生まれ変われるとも限らない中で・・・、
    二人が再び、人に生まれ変わり、こうして出会えた・・・。
    それなのに・・・、その奇跡を・・・、貴方が信じなくて、どうするので御座いますか!!」


蒼井:「奇跡・・・」


真木:「・・・そうです。
    ・・・私は、陸郎様と、燃えゆく部屋の中で、また必ず出会えると願っておりました」


時任:「薫・・・。俺も、必ず出会えると願っていた」


真木:「陸郎様・・・。
    さぁ・・・、圭人・・・。貴方も願いなさい・・・。想いは、必ず届きます・・・」

 

蒼井:「俺は・・・、・・・花音と・・・」

 


(病室のドアが開く)

 


神崎:「・・・私たら駄目ね。忘れ物するなんて・・・」


蒼井:「花音・・・」


神崎:「あった・・・。じゃあ、また明日、来るね・・・」


蒼井:「あ・・・、・・・行くな!!! 花音!!!!」


神崎:「え? 今、圭人の声が聴こえた・・・。まさか・・・!?
    ううん・・・、圭人は、目覚めてない・・・。
    ・・・圭人・・・、声を聞かせてよ・・・」


蒼井:「花音! 俺には、お前の声が、ちゃんと聴こえてる!! 花音!! 気付いてくれ!!」


神崎:「・・・もう、二度と・・・、圭人の声は聴けないのかな・・・」


蒼井:「駄目だ! 花音!! 諦めないでくれ・・・!!
    俺は、花音と・・・」


神崎:「もう一度、圭人と・・・」


蒼井:「あの相月を一緒に見たいんだ・・・」 (同時に)


神崎:「あの相月を一緒に見たいのよ・・・」


真木:「陸郎様・・・、二人の気持ちが・・・」 


時任:「あぁ・・・、一つになった・・・」

 


 


神崎:「・・・圭人・・・。・・・もう一度・・・、声が聴きたいよ・・・」


蒼井:「・・・花音・・・」


神崎:「はっ・・・、圭人・・・!!」


蒼井:「花音の声・・・。ずっと聴こえてたよ・・・」


神崎:「圭人・・・」 (涙が溢れる)


蒼井:「またあの相月を・・・、あの喫茶店で、一緒に見ような」


神崎:「うん・・・、約束よ・・・!!」


時任:「想いが届いて良かったな・・・」


神崎:「え? 貴方は・・・。もしかして・・・」


時任:「お前の前世の姿だ・・・。・・・花音、よく聞くんだ。
    ・・・俺達の分まで、この世界で、幸せになってくれ」


神崎:「うん・・・。約束する。・・・私は、圭人と幸せになる!」


真木:「圭人・・・。私達は、貴方方の中で、また眠りに付きます」


蒼井:「え? 折角また会えたのに、良いの・・・?」


時任:「あぁ、構わない・・・。俺達は、こうしていつでも・・・」


真木:「また、貴方方の中で会えるのですから・・・。
    さぁ・・・、戻りましょう・・・。陸郎様・・・」


時任:「あぁ・・・、薫・・・」

 

 


神崎:「・・・」


蒼井:「どうした?」


神崎:「ううん、何でもない・・・。私達も、あの二人に負けないくらい、幸せになろうね・・・」


蒼井:「うん、そうだな・・・!」

 


 


蒼井:(N)「7月に聴こえる、蝉の鳴き声は・・・」


神崎:(N)「私達、4人を・・・」


蒼井:(N)「強く繋ぐ・・・、掛け替えのない・・・」


神崎:(N)「音色へと・・・、変わった・・・」

 

 

 


終わり

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